職人魂が到達した、一流の極み

江戸時代の寛政年間創業の鰻の名店、野田岩。当主である5代目の金本兼次郎氏は91歳にして、現在も厨房に立ち続ける。戦後間もない混乱期から家業を助け、高度成長、グルメブーム、バブルとその崩壊……時代の変化、街の変化を見守りながら、代々の味を守ってきた。ブレずに一流であり続けた、職人の誇りがそこにはある。

Photo Haruko Amagata  Text Izumi Shibata

江戸時代の寛政年間創業の鰻の名店、野田岩。当主である5代目の金本兼次郎氏は91歳にして、現在も厨房に立ち続ける。戦後間もない混乱期から家業を助け、高度成長、グルメブーム、バブルとその崩壊……時代の変化、街の変化を見守りながら、代々の味を守ってきた。ブレずに一流であり続けた、職人の誇りがそこにはある。

五代目 野田岩 麻布飯倉本店、ていねいな作業で焼き上げられる野田岩の鰻
時間と手間を惜しまない、ていねいな作業で焼き上げられる野田岩の鰻。しっかりとした素焼き、十分な蒸し、職人技が光る仕上げの炭火焼きが、ふっくらと繊細な仕上がりを実現する。

“芸”のある職人の道を生涯追求

東京を代表する鰻の名店、野田岩。創業は寛政年間(18世紀末)。当時近くにあった水天宮の門前、にぎわいのある一角に暖簾を掲げた。

現当主の金本兼次郎氏は5代目。91歳にして現場に立ち続ける。現役から離れないのが、元気でいる秘訣(ひけつ)だ。

「いくつになっても焼いていないと、勘が狂います。お医者さんが、僕が60代の時に『仕事を1回辞めると二度とできなくなるから、継続したほうがいい』とおっしゃって。その言葉を聞いて、じゃあ一生続けようと思ったんです」

今でこそ野田岩は東京を代表する店の一つに数えられるが、それは戦後の混乱期を親子で乗り切り、暖簾(のれん)を守るべくもり立ててきた金本さんの努力があってこそ。とりわけ、戦後間もなくバラックで商売をしていた時期に、出前を定期的にとってくれるお客に誠心誠意尽くしたことで、多くのお客の紹介を得た。これがバラック脱出、店を構えるきっかけとなったという。

「親父が私を厳しく育ててくれたからよかった。こんなことがあったんです。15か16歳の時、『明日は僕が鰻の仕入れに行くよ』と伝え、翌朝5時に起きたら親父がすでに起きていた。
そうしたら親父は『お前はグズだ!』と。それで3時に起きるようになった。おかげで私は何かにつけて人よりも一歩前に出ることを教わりました。どんなことに負けてもいいけど、自分の商売だけは負けちゃいけないとよく言われました」

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
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