風土・風景ごと食す

「能登にはまだまだ知らない食材がある」と言う平田明珠氏は、日々、野山や海辺を歩き、地元の人々と交流する。その中で、“眠っている食材”を発見しては、風土・風景をも盛り込んで料理する。「自分にしかできない“能登料理”」をどこまでも追求する料理人である。

Photo Masahiro Goda  Text Junko Chiba

「能登にはまだまだ知らない食材がある」と言う平田明珠氏は、日々、野山や海辺を歩き、地元の人々と交流する。その中で、“眠っている食材”を発見しては、風土・風景をも盛り込んで料理する。「自分にしかできない“能登料理”」をどこまでも追求する料理人である。

ヴィラ・デラ・パーチェ 平田明珠氏

イタリア行きの切符が能登に変わった日

僕が最初に勤めたのは、大泉学園にあったレストランです。イタリアでの生活が長かった女性シェフの作る料理は現地感が強く、生ハムやサラミもすべて手作り。また自家菜園があって、皆で畑仕事もしていました。料理、ワイン、飲食店の基本を一から学びました。
 
このお店を退職した後、イタリアでの修業を目標に複数の店で経験を積みましたが、転機となったのは代々木上原のビストロでスーシェフを務めていた頃、食材の視察で、全国を回ったことです。
 
それまで計画していたイタリア行きをやめたのは、「イタリアでの経験よりも、全国の産地とつながっていることのほうが強みになる」と思い、視察を続ける中でたどり着いたのが能登の七尾。豊富な食材と地方での暮らしに魅せられ七尾での独立開業を目指すようになりました。
 
何回も足を運ぶうちに人のつながりもできたことが移住の決め手になり、2016年に自分の店を持つという夢をかなえることができました。
 
今、能登に移住して4年目。イタリア料理という枠も取り払って「能登に腰を据えた自分にしか作れない料理」を構築しようと日々の仕事に励んでいます。

自生する草や実を自ら収獲

この果実は「ムベ」という、日本全国に自生しているものです。アケビに似ていますが、開裂はしません。マンゴーや柿に似たフルーティーな優しい甘み。可食部を裏ごしし、ソースとして使っています。
 
昔は子供がおやつで食べたようですが、今は取る人がほとんどいません。でもこれを食べると長生きするという言い伝えが全国にはあって、かつては天皇陛下に献上していた地域もあるそうです。

ヴィラ・デラ・パーチェ 能登の食材(ムベ)

このままだと能登の食文化から、ムベが消えてしまうので、僕が料理人として伝えていきたい。ムベに限らず、自生する食材を自ら収穫し、積極的に使っています。
 
畑や田んぼの脇には野草が、裏山には天然きのこが生えているし、能登の自然を感じられる食材をどんどん使いたいですね。

オーベルジュとして再スタート

ヴィラ・デラ・パーチェは、秋ごろには移転、オーベルジュに生まれ変わります。というのも、レストランに遠方から来てくださるお客様が増えるにつれて、『泊まれるとうれしい』といった声をよく聞くようになり、いずれはオーベルジュにしたいという思いが強くなっていきました。

ヴィラ・デラ・パーチェのオーベルジュ予定地

宿泊までしてもらえれば、食事とともにゆったりと流れる能登の時間を存分に体感してもらえますし、より小規模にして客単価を上げることで、その分料理を作り込めるようになります。
 
今、オーベルジュを建てているのは、僕が初めて能登を訪れた時に、和倉温泉から北へ海沿いの道を走って一目惚れした土地。宿泊は1日1組4名様までの予定です。

1 2 3
ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。