記憶に残る美しい風景

まるで手の親指を日本海に突き出したような形をしている能登半島。三方を海に囲まれているため、陸から眺める海は果てしなく広がる。その海と独特な地形が織り成す風景は、実に美しく、実に能登らしい。豊かな自然、独自の風土や文化が色濃く残るこの地を、元日に大地震が襲った。これまでに本誌が取材した記憶に残る風景を紹介したい。

Photo Masahiro Goda  Text Nile’s NILE

まるで手の親指を日本海に突き出したような形をしている能登半島。三方を海に囲まれているため、陸から眺める海は果てしなく広がる。その海と独特な地形が織り成す風景は、実に美しく、実に能登らしい。豊かな自然、独自の風土や文化が色濃く残るこの地を、元日に大地震が襲った。これまでに本誌が取材した記憶に残る風景を紹介したい。

  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景 特集能登半島、記憶に残る美しい風景
    七尾・小島町
    約400年前に前田利家が、奥能登方面からの防御陣地に転用する目的で、真宗寺院を除く各宗派寺院を配置した「山の寺寺院群」。現存する16の寺々をつなぐように整備された「瞑想の道」の展望所からは七尾市街を一望できる。
  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾・古城町 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾・古城町
    七尾・古城町
    能登国を統治していた能登畠山家が16世紀前半、七尾湾を見下ろす天険の地に、七つの尾根にまたがる山城として築いた七尾城。本丸のほか多くの屋敷群を備えた「山上都市」である。七尾城跡は今回の能登半島地震で石垣が崩落し、当面は立ち入ることができない。
  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景 特集能登半島、記憶に残る美しい風景
    七尾城本丸跡。桜馬場に向かう階段や野面積みの石垣に、約600年前の勇壮な姿を彷彿とさせる。城周辺に広がる城下町は経済的にも繁栄し、能登畠山文化が開花した。
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  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾・古城町
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加賀百万石の栄華

戦国の名将らにゆかりのある城

七尾市、七尾城跡。戦国時代、能登国の守護・畠山氏が築いた七尾城は、南北約2.5km、東西約1㎞と全国でも屈指の規模を誇った。石動山系に築かれた城域は、今でも「城山」と呼ばれる。山の上からふもとまでの地形を巧みに利用し、七尾の地名の由来となった七つの尾根筋を中心に多数の曲輪(堀や石垣、土塁で区切られた区画)が連なり、ふもとには城下の町並みが形成。1577(天正5)年、上杉謙信の侵攻によって落城するが、その館跡や堀跡、石垣から、当時の壮大な面影がしのばれる。

その後、織田信長から能登一国を与えられた前田利家が1581(天正9)年に七尾城に入るも、翌年から1589(天正17)年ごろには、港に近い小丸山城を築いた。その小丸山城址 公園のほど近く、600年以上の歴史があるとされる一本杉通りがある。ここには、国の登録有形文化財に指定された、情緒漂う醤油 店や、ろうそく店など約50店が並ぶ。

もう一つ、前田利家が奥能登方面からの防御陣地に転用する目的で、各宗派の寺院(真宗寺院を除く)を配したのが始まりとされる「山の寺寺院群」がある。高台に16もの寺院が集まっており、各寺院をつなぐ「瞑想の道」も整備されている。

  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾・一本杉町 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾・一本杉町
    七尾・一本杉町
    七尾市の一本杉通りは、城下町風情が漂う町並み。今回の能登半島地震では、多くの歴史的な建物が甚大な被害を受けた。1892(明治25)年に創業し、土蔵造りによる七尾町家の典型的な形を今に伝えていた高澤ろうそく店は、国の有形文化財に登録されていた建物が倒壊。店舗再建のためのクラウドファンディングを実施している。
  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾市・木町 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、七尾市・木町
    七尾市・木町
    一本杉通りから少し歩いた場所にある、江戸時代に創業した旧鹿渡酒造の建物をリノベーションしたダイニング&ギャラリー「ICOU(イコウ)」。築100年の立派な建物は、一本杉通りの商店と同じく甚大な被害を受けた。
  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、羽昨・千里浜町 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、羽昨・千里浜町
    羽昨・千里浜町
    羽咋市から宝達志水町にかけて全長約8㎞の砂浜を走れる「千里浜なぎさドライブウェイ」は、海岸線を走れる日本で唯一の道。車などで砂浜を走れる理由は、砂の大きさにある。千里浜の砂は1 粒が約0.2㎜。同じ大きさのきめ細かい砂が海水を含み、固く引き締まることから自動車が走行できる。防風林の松は海からの強風で大きく傾いており、自然の力を感じる。
  • 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、羽昨・滝谷町 特集能登半島、記憶に残る美しい風景、羽昨・滝谷町
    羽昨・滝谷町
    羽咋市滝谷町の小高い丘の上に立つ日蓮宗の寺院「妙成寺」。境内には10棟もの国重要文化財がある。中でも北陸唯一の五重塔は高さ約34mを誇り、妙成寺のシンボル的な存在だ。御堂が3棟横並びするような日蓮宗の寺院の古い姿を今に残し、前田家が何代にもわたって築いた加賀藩屈指の文化遺産でもある。日本海からの厳しい風にも耐える強固な造り。今回の大地震でも大きな被害はなかったという。
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    金沢・尾山神社
    加賀藩祖前田利家を祭る尾山神社。城下の中心から離れた卯辰八幡宮(現・宇多須神社)で祭られていたものを1873(明治6)年に遷座し、創立した。和漢洋3様式を折衷した神門で有名。
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    (左)加賀藩士・中級武士たちが暮らした長町(ながまち)武家屋敷。「さすが百万石!」の立派な建物が並ぶ。土塀の続くこの町には、今も子孫たちが暮らしている。Photo TONY TANIUCHI
    (右)金沢大学の前身、第四高等学校は1887(明治20)年に開校。「四高(しこう)」と呼ばれ、「超然」の校風で知られた。現在は石川近代文学館、石川四高記念館となっている。
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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。