El hermoso mundo del Jamón Ibérico (2)

マタンサ・ファミリア  それは冬に備えた生ハムや腸詰め作りで、家族・親族が一堂に会する大事な日。それは伝統的な共同作業であり、家族に幸せな食卓をもたらしてくれるはずである。

Photo Chiyoshi Suga  Text Chiyoshi Suga

マタンサ・ファミリア  それは冬に備えた生ハムや腸詰め作りで、家族・親族が一堂に会する大事な日。それは伝統的な共同作業であり、家族に幸せな食卓をもたらしてくれるはずである。

工場での生ハム作りは、粗塩をかけて積み上げ10~11日寝かせる。途中で積み替えて上下を入れ替え、塩を洗い落としてから低温の部屋に吊るして翌年10月頃まで1回目の熟成を行う。塩は腐敗菌を抑え、発酵菌を繁殖させるのだという。その後約1年、環境を自然に近づけた部屋で温度、湿度、風通しなどを調整しながら熟成させる。この期間がハモンの質を大きく左右するため、カビの生え方や汗かき(脂肪の溶け出し)などに気をつける。脂肪の溶け出しは出荷後も続くので、ハモン売り場やバルの壁、天井から吊り下げられたハモンの下には、小さな番傘のようなものが逆さまに付けられている。これは溶けた脂肪を受けるためだ。

熟成初期はペニシリン系の青カビに覆われるが、後期になると白カビに覆われて熟成は完了となる。「よいハモンとなるためにはセビージャの春祭りを2度経なければならない」と言われるほど長期間の熟成が行われる。ハモンの品質は、外観に加えて匂いも重要。「カーラ」と呼ばれる動物の骨で作られたピン状のものを刺し込み、付いた匂いで判断するという熟練を要する方法で品質が決まる。

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    作業も一段落、全員集合だがカルボくんがいない。テーブルのワインはカートンボックス入り。
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    解体途中に訪ねてきた人。検疫官とのことですぐ帰った。自家用でも調査があるらしい。
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    後ろ足が切り取られると、胴体は室内に運ばれ部位別に切り分けられる。
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    土間の暖炉の火でリブが焼かれ、カルボくんが火の管理を担当していた。
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早朝に始まったマタンサが一段落すると、みんなで庭のテーブルを囲む。暖炉で焼いた出来立てのモルシージャやリブ、そしてワインが振る舞われ、このとき俄然存在感を示すのが唯一人ジャケット姿のお父さんホセだ。みんなをテーブルに案内し、コップの白ワインを飲み干すと、テーブルのまわりには作業の緊張感が消え、満足感いっぱいの笑顔があふれた。

早朝に始まったマタンサは昼前にほぼ終わり、2日間で2頭の豚が屠られた。豚にとって厄日でもある聖マルティンの日、11月11日は冬の到来を告げる日とも、ワインの新酒を味わう日だとも言われるが、実際にマタンサはもう少し冷え込んだ12月に行われ、次第に行う家族も減っていると言う。しかしロドリゲス家にとってマタンサは家族・親族の結束を示す儀式でもあるようだ。


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