勘違い

食語の心 第116回 柏井 壽

食語の心 第116回 柏井 壽

食語の心 第116回 柏井 壽

前回は想像力を客の立場から書いた。飲食店での迷惑行為が犯罪につながっていくのは想像力の欠如が一因であり、一方でよい店との出会いに欠かせないのが想像力だと。

今回は店の側、料理人の立場から想像力の話をしようと思う。

想像力が欠如すると、時としてとんでもない結果が待ち受けている。
ではなぜ想像力が欠けるかと言えば、それは一にも二にも勘違い。その勘違いの原因はと言えば、乗せられる、ことにある。言い換えれば、まわりから、いい気にさせられて調子に乗ることで、想像力を失ってしまう。

今どきの人気料理店のシェフや板前は、まるで神のごとく賞賛される。食のプロと称される、フードライターやグルメブロガーのSNSを見れば一目瞭然。
これでもか、これでもかと賛辞を贈り、唯一無二の絶対的存在であるかのように、一料理人をほめたたえる。それも一人や二人ではないから、多くの一般人はその言を信じ込み、料理人をあがめたてることになる。
その賛辞を全身に浴びた料理人は、いつしか自分は特別な存在なのだと勘違いしてしまい、非常識な振る舞いをするに至る。

昨秋京都で話題になった、割烹店の紅葉泥棒などがその典型である。古刹(こさつ)「高台寺」の境内で、紅葉の枝を無断伐採し、料理のあしらいとして使っていたことが発覚。
ミシュラン二つ星の祇園の割烹店という報道に、いったいどこの店がそんな狼藉(ろうぜき)を働いたのかとうわさになったが、防犯カメラに姿がとらえられていたこともあり、あっさりその正体が割れた。

昨今の割烹店では競って季節の草花を飾り付け、その過剰なまでの趣向を賞賛する食通たちに乗せられ、エスカレートした結果がこれである。きっとその割烹店も当初は控えめに飾っていたのだろうが、あまりにほめられるものだから、つい図に乗ってしまい、紅葉泥棒呼ばわりされるに至ったのだ。

前回の飲食店での迷惑行為と、根っこは同じだと思っている。最初はたわいのないいたずらだったのが、それをはやす周囲に乗せられ、だんだん過激な行為になっていくのだが、当の本人はおだてられて、分別がつかなくなってしまう。

この割烹店で言えば、きっと最初は境内の落葉を拾うくらいだったに違いない。それが思いのほか客に喜ばれ、ほめられることで、さらに驚かせようとなり、若い衆を使って、枝ごと伐らせるという暴挙に至ってしまったのだろう。ウケを狙うあまり、犯罪行為に走ってしまう。この構図は、飲食店で頻発している迷惑行為が、一線を越えて犯罪に至るプロセスとよく似ている

くだんの料理屋は格付け本で二つ星を獲得していると報じられ、どこの店の話かとうわさが飛び交うに至ったが、間違われたお店はさぞや迷惑だっただろう。

枝を無断伐採する程度なら、逮捕されるには至らない微罪だが、女性に暴行を加えたとなると、当然のことながら実名で報道され、逮捕されてしまう。大阪の人気割烹店の店主が、客の女性に薬を飲ませたうえ、店内で暴行したというのだから、実に悪質な犯罪である。
この店もまた、格付け本で一つ星を獲得していることもあり、大きなニュースになった。インタビューに答えた常連客は、料理もさることながら、親しみやすい接客が人気を呼んでいたと話していた。

今どきの割烹店の主人は、しゃべりがうまくないと客を呼べない。そんな話を聞いたことがある。親父ギャグを連発し、客と一緒に酒を飲み、ポーズを取って一緒に写真を撮る。互いを愛称で呼び合うことで、親しさをアピールし、常連自慢をする。そんな客が増えてきたことで、いつしか料理人が勘違いし始めたのだ。店も客も、その距離を近づけ過ぎたがゆえの悲劇なのである。

そもそも客と料理人が同じポーズを取って写真におさまる、ということ自体がおかしいのだが、両方とも想像力が欠如しているから、その先にどういう結果が待ち受けているかに思いが至らない。

もちろんこんな料理人はほんの一部に過ぎず、多くの料理人は至極まっとうに仕事に打ち込んでいるので、ごく一部の不心得ものを疎ましく思っているのは間違いない。だからこそ、ここで改めて、客と料理人の関係を正しい姿に戻すべきだと思っている。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。