人類が「資質」で峻別される日

時代を読む-第81回 原田武夫

時代を読む-第81回 原田武夫

ポーン

このコラムの読者は基本的に「富裕層」であり、かつ中でも経営者の方々が多いのではないかと拝察している。そうした経営者、あるいはより広い意味で組織のリーダーである方々が、日々格闘しているのが何といっても人事問題であろうことは疑いようのない事実だと思う。

「 AI (人工知能)の登場により、人間としての労働者の仕事は全て奪われる」―そう、主張されて久しい。もっともそうした主張が正鵠(せいこく)を射てはおらず、実際にAIができることは「0から1を創り出すという意味での創造行為」と「決断すること」の二つを除いた全てに過ぎないことが明らかになっている。その意味で「AIが生身の労働者に取って代わる」という主張は、日々、人事・労務問題に悩み続ける経営者、そして組織リーダーの方々の「そうなれば楽になるのに」という、全世界的な苦悩を代弁していたように思えてならないのである。

その一方で我が国は、着実にデフォルト(国家債務不履行)に向かい続けている。「決してそんなことはない」と、いまだに主張する人士は「現代金融理論(MMT)」なるものを喧伝(けんでん)したりするが、これは全くもって戯言(ざれごと)に過ぎないのである。なぜならば国家たるもの、デフォルトに「なる」のではなく、デフォルトに「する」ものだからだ。すなわち統治者の強い意志があって初めてそこでデフォルトは発生することになる。したがってそこで語られる論理は結局のところ「後付け」に過ぎないのであって、そこに精緻(せいち)な論理など実のところ存在しないのである。

我が国においては、政府がこうした厳しい現実を目の前にして、着実に次のフェーズに向けた一手、そしてまた一手を打ち続けている。国家財政が破綻(はたん)するのであるから社会保障は一切賄えなくなる。そうなる前に、その最大の裨益者(ひえきしゃ)である「主婦」と「老人」を労働マーケットへ引き戻し、これを多様性(ダイバーシティー)なる美辞麗句でお化粧するのである。

その一方で、これから到来するグローバル金融の盛大なる破綻という事態を前に、我が国の企業は大手企業を筆頭に大量の整理解雇をせざるを得なくなることは間違いない。そうした中で我が国の司法当局も静かにその判断基準を動かし始めているのである。

整理解雇の要件緩和がその典型であるが、実のところもっと重大な判断基準の変更があるのだ。

それは使用者である企業側が労働者を解雇するにあたり、その「資質=生得的な、社会人としての立ち居振る舞い」をもっぱら問題視した場合、従来とは打って変わってこれを基本的には認めるという重大な変更なのである。この時、資質とは生得的、すなわち生まれつきのものであり、後天的に身に付ける「能力」とは区別されるのだ。

すなわち言い方を変えるならば、「その人がその人であるがゆえに行う言動・立ち居振る舞い」がこれからはビジネスの世界において、退場させるべきかどうかの判断基準になってくるというわけなのである。雇用保障と賃金保障をもはや行わない使用者(企業)に対して労働者は権利要求の声を強くしているが、しかしそれが故に言うことを聞かないという態度に出れば出るほど「資質に問題がある」ということになり、解雇の大鉈(おおなた)が容赦なく降りかかってくるというわけなのだ。なぜならば、それでもあえて雇用を確保せよ、と国が要求すれば当然のことながら「そのためのカネをよこせ」と企業側から国が要求されるのは当然の流れだからである。しかし、肝心の国の財布を見ると既にカネがないのだ。それが見えているからこそ、「解雇要件の緩和」が行われているのである。

こうした流れは決して我が国だけではないはずだ。人類がその「資質」で峻別される日は、もうすぐそこまで迫っている。あなたの「資質」は大丈夫だろうか。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

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