個人海外投資に必要な国際税務の基礎知識 第11回

Text 永峰 潤
国旗

相続税と贈与税の一体化とは何か(承前)

まずは、前回のまとめから。 (「贈与税と相続税の一体化とは何か」
わが国では、相続税と贈与税は別体系としてデザインされ、贈与税は相続税を補完するものとして相続税よりもその税率の上がり方が急になっているが、贈与税が後の相続税計算に影響を及ぼすことは原則ない。政府税調は欧米に倣い「現在贈与しても将来相続しても税額に差がない」という相続税・贈与税の一体化課税を目指して専門家会合をスタートした。
最初に一体化議論でお手本とされる米国の制度を見てみよう。

米国の遺産税・贈与税の概要

米国では、遺産税と贈与税は一体化していて税率も18%~40%で同じである。

一生涯の累積贈与額と相続財産額の合計額に対して「一体的に」課税されるため、その点からは資産移転をいつ行っても税額の総額に変わりはないと言える。ただし米国の場合、基礎控除枠の大きさが特筆される。贈与税と相続税の対象となる課税財産に対する基礎控除枠が1170万ドル、邦貨換算で実に12億円強もあるため、このおかげでアメリカでも超富裕層(金融資産10億円以上)を除くと遺産税がかかることはない。

ちなみに日本の基礎控除枠は法定相続人が3人の場合4800万円である。

米国の遺産税の最高税率は40%だが巨額の控除枠を導入しているため一般庶民には無縁の税金であるとも言える。これは各国の相続税の潮流を意識しているのかもしれない。

一体化議論の前提たる相続税についてこの機会に世界の最高相続税率をみてみよう。

世界の趨勢は

欧米に倣うとあるが、実のところ世界各国の最高相続税率は日本よりも低い。相続税がない国も結構ある。

OECD(経済協力開発機構)諸国の最高相続税率ランキング(※1)によれば、日本は堂々の1位で55%。2位が韓国とドイツで50%。以下、フランス(45%)、英国(40%)、米国(40%)、スペイン(34%)、アイルランド(33%)、ベルギー(30%)、チリ(25%)までがベスト(ワースト?)10。以下どんどん税率は下がりノルウェー、スウェーデン、オーストリア、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどが20位で0%(相続税が廃止)となっている(ちなみに香港とシンガポールも0%)。OECD諸国の相続税率の単純平均は15%となる。

社会主義的資本主義国家(税や社会保険料等の国民所得に占める比率が高い)、スウェーデンやノルウェーが相続税を廃止したのは各々2005年、2014年である。

両国とも、後で述べるように相続税は社会保障のための税収確保の観点からは効率的でないと判断したのかもしれない(デンマークは15%)。

ちなみにOECDが発表しているBETTER LIFE INDEX(快適な暮らし指数)の国別ランキング(カッコ内が相続税率)では1位から10位の順でノルウェー(0%)、オーストラリア(0%)、アイスランド(33%)、カナダ(0%)、デンマーク(15%)、スイス(−)、オランダ(40%)、スウェーデン(0%)、フィンランド(19%)、米国(40%)となり、米国、オランダ、アイスランドを除くと相続税率20%以下、廃止の国も4カ国ある。

暮らしぶりのような尺度を定量的に分析・判断することに疑問がないでもないが、多数の国が最高税率20%以下であることは真摯に検討すべきだろう。ちなみに日本は25位であった。

各国がこのように相続税率を低くあるいは廃止してきた理由は、国全体の税収の中で消費税や所得税に比べて相続税の収入割合が小さいこと(※2)。

その割に法案整備や財産把握等の徴税コストがかかることが大きいようだ。別の観点としてよく言われることに、個人が有する資本ストックを強制的に国家に移転することによるGDPに対する負のインパクトがある。資本ストックが相続税課税を受けることなく相続されればGDP押し上げ効果や雇用創出が期待できると考えられているのだ。

やる気と格差の間で

さらに別の議論を紹介しよう。

「(日本では)これまでリスクを取って、人一倍働いて、事業に成功した実績のある人々の多くが、今では相続税の負担をどう軽減するかに多大な時間を費やしているという点である。彼らのような有能な人材は、本来なら事業の拡大や新たな夢の実現に全エネルギーを投入してほしいのに、その彼らの多くがこうした後ろ向きの話題で頭が一杯なのである。これは日本の人的かつ物理的な資源の天文学的な無駄使いである」(※3 )

国の発展にはリーダーが不可欠である。結果的に富裕層であることが多い彼らが自社株対策や不動産節税策に時間を使うのは国家的損失である。

高い相続税率が平等社会の実現に貢献した点は否めないが、長引くデフレ脱出のためにも、社会で成功したリーダーが無駄な節税対策に煩わされずにやる気を出し(※4)、かつ、人口の多数を占める中間層との格差を更に広げないための相続税率を「欧米に倣い」検討すべき時ではなかろうか。

本稿のまとめ

☑相続税・贈与税の一体化課税は欧米の例を参考にとしているが、欧米では相続税・贈与税ともに廃止の国が多々ある。
☑わが国の相続税率は全世界で一番高い!

(※1) 参考(一部アップデート)“Estate and Inheritance Taxes around the World”, Tax Foundation March 17,2015。 英国やフランスなど配偶者には無制限に控除を認める国もある。
(※2)わが国も税収合計は約50兆円、うち相続税は約2兆円でほぼ同様。
(※3)『「追われる国」の経済学』pp264-265、リチャード・クー。
(※4)仮に相続税率が15%になれば多くの富裕層は相続税 対策に時間を使わず普通に相続税を払うことになろう。台湾では馬政権の時に相続税を10%にしたが(今は20%)、当時の税収は全体として変わらなかった(前述「追われる国」の経済学』P267)。

永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
監査法人トーマツ、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。

※『Nile’s NILE』2021年3月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。