変わらざるウルトラアナログな世界

2002年のオープン以来、日本における高級時計シーンを牽引してきたリテール、アワーグラス銀座店。社長の桃井敦さんに、この20年余りの時計をめぐる状況の変化を尋ねると「もう、激変しましたよ」という言葉が返ってきた。一方、かたくなに変化を拒んでいる部分もあるという。そこから見える腕時計の未来像。

Photo Photo Masahiro Goda  Text Yasushi Matsuami

2002年のオープン以来、日本における高級時計シーンを牽引してきたリテール、アワーグラス銀座店。社長の桃井敦さんに、この20年余りの時計をめぐる状況の変化を尋ねると「もう、激変しましたよ」という言葉が返ってきた。一方、かたくなに変化を拒んでいる部分もあるという。そこから見える腕時計の未来像。

変わらざるウルトラアナログな世界

ザ アワーグラスジャパン桃井敦
ザ アワーグラスジャパン代表取締役 桃井敦(ももい・あつし)
1963年、東京都生まれ。87年オーストラリアに渡り、ゴールドコーストのDFSの時計売り場からキャリアをスタート。88年シンガポールを拠点とする高級時計リテール、ザ アワーグラスのオーストラリア進出に際し、ヘッドハントされ転職。オーストラリア、シンガポールでの勤務を経て96年ザ アワーグラスジャパンを設立。2002年アワーグラス銀座店をオープン。

「時計の価値と価格は、着実に上がり続けていますね。1990年代には120万円も出せば、大抵のブランドの18KGケースに革ベルト付きの時計が買えた。でも今は、ステンレススチールの時計ですら買えなかったりするでしょう?」

ユーザーの時計に対する価値観も「激変した」という。「2000年代初頭、まだ高級腕時計は、そこそこお金を自由に使える人のひそかな楽しみという側面がありました。ところが今やどのブランドの知名度も上がり、20代後半から30代の若い方まで買いに来る。それも数百万円の時計を、なんのためらいもなくカードでサッて。そういう方が激的に増えてきた。ただ、30代前半までの大半の方は、時計に限らず高級品に興味がない。若い方の中でもITとかSNSとか、聞いてもよく分からない仕事で大金を手にしている一部だけ。そういう方はいい意味でタガが外れてきていますね。時計に興味を持ち始めて生まれて初めてパテック買いましたという方が、2~3週間したらまたやってきて次は年次カレンダー、また2~3週間したら『友達から聞いたんですが、永久カレンダーとかトゥールビヨンありますか?』と。で、次はミニットリピーターを買いたがる。かつて結構な時計好きでも10年、20年かけて上がってきた階段を、2カ月程度で駆け上がってしまう。まあ必ずしも悪いことではないですけどね」

一方、変わらざるものもある。揺るぎない価値の体現者として、やはりパテック フィリップの名前を挙げる。「例えば高級車は、一般的な大衆車とは乗り心地も違えば、ドアを閉める音や感触まで違う。それと同じで、パテックの時計はゼンマイを巻く時に指先に伝わる感触からして全く違う。スイスの主要ブランドの本社工場にはほぼ全部行きましたが、パテックでしか見なかった光景が山ほどある。また直営ではない各国の販売店のスタッフの教育・研修カリキュラムにまで投資している。そんな時計メーカー他にないですよ。そんな一つひとつが積み重なって製品に結実しているということでしょう」

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。