ディープな味を肩ひじ張らずに

近年、ひときわの充実を見せる東京の中国料理。「膳楽房」も、そうした中で存在感を見せる存在。気軽なたたずまいでありながら、素材や調味料使いは本格的でディープ。オーナーシェフの榛澤知弥氏が作り出す、ややマニアック、それでいて生き生きとした風味で食べやすい料理が人気を呼んでいる。

Photo Haruko Amagata  Text Izumi Shibata

近年、ひときわの充実を見せる東京の中国料理。「膳楽房」も、そうした中で存在感を見せる存在。気軽なたたずまいでありながら、素材や調味料使いは本格的でディープ。オーナーシェフの榛澤知弥氏が作り出す、ややマニアック、それでいて生き生きとした風味で食べやすい料理が人気を呼んでいる。

自分の中の、幻の味を再現した腸詰

当店で、私が特に大切にしている料理が「自家製腸詰」(次々ページ)です。これは私が20歳のころに食べて感動した、現在は閉店してしまっている小岩の「揚州飯店」の味をなんとか再現したいと、試行錯誤して作りました。腸詰というとサラミのように水分を抜くものというイメージがありますが、こちらではしっとりとジューシーに仕上げています。

揚州飯店の味を再現しようと思い立った時には、もうそちらのお店はなかったので、揚州飯店の常連さんが冷凍保存していた腸詰を食べさせていただき、味の研究に励みました。肉の食感が残り、ソフトながら凝縮感のある味が特徴。自分なりに再現した揚州飯店の味に、自家製の豆板醤(トウバンジャン)と甜麺醤(テンメンジャン)を添えてお出しします。

今回、もう一品紹介した「菜の花の自家製ベーコン炒め」(次ページ)も、当店らしい料理です。季節の野菜をふんだんに使うのが、この店の特徴の一つ。そして、あまり複雑に味を重ねたり、飾り立てたりするのは好きではないので、シンプルな料理が当店では定番です。

今回の、自家製ベーコンのみで風味づけする野菜炒めは、その典型。台湾風の干し肉をベーコンのように使った、肉の旨みを強く感じる仕立てです。

中国現地で開催した、ディープな宴席

私が修業したのは、「龍口酒家(ロンコウチュウチャ) チャイナハウス」(東京・幡ヶ谷)のみです。師匠は、オーナーシェフの石橋幸(いしばしこう)さんです。

龍口酒家は、マニアックな料理で知られています。例えば素材では、鹿や猪(いのしし)はもちろん、ハクビシンやカエルなどのやや変わった品も人気。

また、現地に倣って作られる自家製の漬物や保存食、中国でも少数民族しか使わないスパイスや調味料が、料理の風味付けに登場します。こうした料理に対する石橋さんの探究心は本当に強く、情熱的。かつ、ただ取り入れるだけではなく、きちんとおいしく仕立てる。とても勉強になりました。

数年に一回石橋さんが中国で開く、スタッフも参加し開催する宴席も非常に楽しかったです。石橋さんの知り合いの、中国の特級調理師の中人が段取りしてくれるもので、「楊貴妃の宴席」、「高級食材に頼らない、山東料理の高級宴席」などお題があり、開催場所もさまざま。一日中食べ続ける、満漢全席スタイルです。

特に強烈に心に残っているのが、腹に毒キノコを詰めた山羊の丸焼きが登場した宴席。「山羊(やぎ)の丸焼き」、「毒キノコ」のインパクトに加え、火が入るとキノコは無毒になり、かつ薬効も得るという仕組みにもびっくり。中国料理の奥深さを感じました。

自家製の加工品、調味料で作る「この店の香り」

店では、自家製でさまざまな保存食や加工品、調味料を作っています。今回、料理で紹介した腸詰やベーコン(干し肉)もその一例。そのままおつまみにしてもいいし、料理に使ってもいい。手作りならではの豊かな味わい、フレッシュな風味が魅力です。

また、キャベツを乳酸発酵させた漬物も、料理によく活用します。はっきりとした酸味がアクセントになり、重宝しているアイテムです。豆板醤や甜麺醤も自家製しています。と言っても、ゼロから作るのではなく、豆板醤なら市販の気に入りの銘柄に、唐辛子粉などを練り合わせ、蓮の葉で包んでなじませながら熟成する、という具合です。

中華菜 膳楽房、自家製豆板醤

自分の好きな味に調整して使っています。また、「木姜油(ムージャンユ)」もお気に入り。これはレモングラスのような清涼感を持つ、「山蒼子(さんそうし)」という植物の実の風味を油に移したもの。シンプルな仕立てだけれど、香りがとても印象的。そんな料理を実現してくれます。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。