怒濤の時代における「信頼力」とは何か?

時代を読む-第79回 原田武夫

時代を読む-第79回 原田武夫

目

私には「心の中のメンター」が数人いるが、その一人が「電力の鬼」として知られた松永安左エ門(まつながやすざえもん)である。その松永安左エ門の顰(ひそみ)に倣うわけではないが、今、エネルギー系ベンチャー企業の立ち上げ、そして円滑な事業執行を可能にするための資金を取り付けるべく奔走している。

そうした形で東奔西走する中で、つくづく思うことが一つある。

それは何かというと、周囲の関係者から我らが企ての「信頼力」について尋ねられ、ややへきえきしているということだ。無論、生まれたてのベンチャー企業に「信頼力」などない。ビジネスモデルをいかに美しく描いたところで、それが実現する保証は究極のところ、全くないからだ。したがってそれを補強するために、数字を並べたりするのである。それはそれで致し方ないことと私も思う。

しかし、だ。 どうも我が国における実際のベンチャーシーンを見ると、それを超えた、しかもあまりにも形式的な「信頼力」が、求められすぎている気がしてならないのである。

すなわちこういうことだ。―エネルギー分野において新参者というのは、これまでは全く受け付けられてこなかったということはあるだろう。しかし、私が知人たちに「信頼力」について相談をすると、多くの方々が起業者自身の「信頼力」については素通りして、「それでは某省の事務次官OBに顧問就任をお願いしてみたら」などとのたまうのである。無論、私はこの「事務次官OB」氏を知らない。だが、この知人たちは口をそろえて言うのである。「信頼力がなければ何もできない。そうであればビッグネームの力を借りるしか方法はないのではないか」と。

こうした会話の流れになりそうになる度に私は心底、へきえきする。なぜならば「事務次官OB」氏は、純粋な意味でのビジネスモデルと、それによる付加価値創造という意味での「ビジネス」とは、全く無縁のものだからである。無論、我が国は何かといえば「官僚制国家」であるので、番犬代わりにという発想はあるだろう。

しかし、そもそも役に立つか立たないか全く分からない番犬を雇うほどの余裕があるのであれば、資金調達を行うことなど絶対にあり得ないのである。それなのに「これがいわばベンチャーにとっての通行手形だよ」といった議論を平気で行うやからが多すぎるのだ。

そうした形でしたり顔で分かったようなことを言う連中は果たして何者ぞ、というと、要するにブローカーと紙一重の御仁がほとんどなのである。

バーンレート(burn rate、資金燃焼率の意)という言葉がある。資金調達をしたらば、ベンチャーとしては全速力で走らなければならないが、そうであってもいわば火の手が追ってくるようなものなのだ。それでも燃え尽きる前に、次の給水(増資)を行い、一息つく。そして改めて全速力で一目散に走り始める。

これがベンチャー経営というものなのである。そうである時に、あたかも老舗ののれんを掲げた商店同士のような付き合いを可能にするがごとき「信頼力」を求める我が国のマーケット、さらに社会構造そのものは、一体どこまで浮世離れしているのであろうか。心からの嘆息を禁じ得ない。

「事務次官OBが入っていれば、役所はおろか、銀行たちもひれ伏すぞ」 そう知人たちは口をそろえて言う。だが、そんなことをすれば、利益志向であるべきベンチャーは、たちまち例によって例のごとくの「利権の塊」へと転換し始め、ついには悪しきやからが巣くうとんでもない現場になってしまうに違いないのである。しかも新規のマーケット創造である場合、それでも「信頼力」なるものは、つかない危険性がある。

なぜならば、当該マーケットの存在そのものを誰も信じられないからだ。しかしそもそも、「見えないものを見る」からこそベンチャーの存在意義があるのであり、かつそこに莫大な利益が噴き出す鉱脈が潜んでいるのである。言い古された「信頼力」ではなく、現象になる前の潜象(せんしょう)だけが持つ、妖しくも鋭い光がそこからは漏れてくる。

全てが変転する怒濤の時代にいよいよ入ったからこそ、必要なもの。それは「信頼力」ではなく、むしろ「まだ存在せぬものを見る力」なのではないか。―経営と創業の現場レベルで奮闘する中で、そのような感を日増しに強く覚えるのは、果たして私だけだろうか。

原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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