今の自分を切り取る

青山の閑静な一角に、2011年にオープンした「プリズマ」。オーナーシェフの斎藤智史氏は料理を更新し続け、かつそこに自分が誠実に反映していることを徹底する料理人だ。11〜12品からなるコースを一人で調理し、表現を追求。そんな氏の料理と姿勢に共感するお客が集い、ゆったりとした時間を作っている。

Photo Masahiro Goda  Text Izumi Shibata 

青山の閑静な一角に、2011年にオープンした「プリズマ」。オーナーシェフの斎藤智史氏は料理を更新し続け、かつそこに自分が誠実に反映していることを徹底する料理人だ。11〜12品からなるコースを一人で調理し、表現を追求。そんな氏の料理と姿勢に共感するお客が集い、ゆったりとした時間を作っている。

最新作が最高作

料理における私の信条は、「最新作が、最高作」です。その時々で考える料理こそが、今の自分を反映しているはず。かつての自分が考案したものを今出しても、自分の模倣になるだけです。
もちろん人は誰でも後退する可能性もあります。最高作を更新し続けられるかどうかは、本人の生き方次第です。

この考えから、私は同じ料理を繰り返し作ることをしません。過去の料理は忘れますし、レシピも書きません。お客様のほうがよく覚えているくらい。「もう一度あの料理を」とリクエストをいただいても作りません。

人間には「忘れる」という特性がありますが、創作においては、これが非常に大事なのでは、と最近思っています。

試作も極力しません。日々の料理を、結局は広い意味での試作だと考えるからです。例えばパスタなら、過去に何万回もいろいろ作ってきた構成が体の中に入っています。その積み重ねの上に生まれる料理と、考えに考えて試作を繰り返した料理とでは、瞬発力が全然違う。

今の自分を切り取り、それがそのまま反映されていないのであれば、料理を作る意味はありません。

ベルガモの「ダ・ヴィットリオ」のこと

イタリアで修業をした「ダ・ヴィットリオ」からは、大きな影響を受けました。私が修業した頃は、ベルガモの街中にある二つ星のリストランテ。家族経営の店で、モダンな料理を出しつつ、いい時代のイタリアのよさ、豊かさが残っている印象でした。

「いずれ郊外に移り、そこで三つ星を目指す」と話していましたが、その後、実際に自然豊かな広大な土地を購入し、そこに移転して、三つ星を獲得しています。

家族経営とはいえ、しっかりとした目標を持っている人たち。“イタリアいち働くレストラン”としても有名で、修業はかなり厳しいものでした。当時、日本からも修業に来ていた若者も多かったのですが、つらくてすぐに辞めてしまいました。私はとにかく技術を身に着けたかったので、割り切って働きました。

数年前、久しぶりに「ダ・ヴィットリオ」に夫婦で食事に行きました。

ホールにグランドピアノがあって生演奏する優雅さ、大テーブルで繰り広げるドルチェの演出のセンスのよさ。やはり、圧倒されましたね。厨房もサービスも、私がいた20年前と同じメンバー。ものすごくよく働くチームでした。その皆で店を生き生きと保ち続けているのがうれしく、懐かしくもありました。

最高を作れば、理解してくれる人が集まる

お客様で、美術家であるドイツ人の方が来店した時に、店のパーティションに書いてくれた言葉があります。

「If you don’t know the best, don’t come here!(最高を知らない人は、ここに来るな)」

これは、店の方向性の決め手となったくらい、大事なものです。

「プリズマ」店の方向性の決め手となったくらい、大事なもの

私には、いわゆる師匠と呼べる存在がありません。誰かや何かを丸ごと信じて受け入れることが、私は性格的にできないのです。頼りになるのは自分自身の経験や、腹の底から納得した事実だけだと思っています。

とはいえ、ふと「これでいいのかな」と思うこともありました。しかし美術家の方にこの言葉をいただいてからは、自分の作るものを信用できるようになったのです。

また、この言葉は、店のお守りのような役割を果たしてくれているように感じます。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。