Life Span新世紀

長寿遺伝子と呼ばれるサーチュイン遺伝子に作用するNMN。マウス実験で老化抑制効果が見られたという論文をきっかけに、世界中の注目をあびたNMNだが、そもそも老化に対してどう影響力を持つのか。

Photo Masahiro Goda Text Ichiko Minatoya

長寿遺伝子と呼ばれるサーチュイン遺伝子に作用するNMN。マウス実験で老化抑制効果が見られたという論文をきっかけに、世界中の注目をあびたNMNだが、そもそも老化に対してどう影響力を持つのか。

NOMON山名慶氏
山名慶(やまな・けい)
帝人ヘルスケア事業統轄補佐/研究主幹、NOMON代表取締役CEO。筑波大学人間総合科学科博士号取得。帝人に入社以来、20年以上にわたり医薬品研究に携わる。2019年、健康寿命の延伸を目指すNOMONを立ち上げる。2019年11月、自らが発起人となり、明治ホールディングス、島津製作所、帝人、オリエンタル酵母工業と共に「プロダクティブ・エイジング コンソーシアム」を設立。

20年以上にわたり、医薬品研究に携わってきた山名慶氏。彼がアンチエイジング、健康長寿研究に注目したのは、なぜ人は病気になるのかという、素朴な疑問からだった。

「その大きな要因に老化があります。現在、老化には幹細胞のコミュニケーションの不調他、九つの要因があるとされており、中でも重要と考えられているのが、遺伝情報の乱れと、老化細胞の二つです。遺伝情報の乱れというと、がんを思い浮かべる方もいらっしゃいますが、がんは遺伝子配列が変わってしまって、作るべきでないものを作ってしまう。それに対し、老化抑制タンパク質を作る際、若いときは遺伝情報という設計図通りにすぐ作れたのが、加齢とともに遺伝情報が乱れてきて、老化抑制タンパク質がちゃんと作れなくなる、作れても量が少なくなってしまうことが遺伝情報の乱れによって生じるのです。遺伝情報が乱れないように整理整頓するのが、NMN、NAD、サーチュインです」

加齢とともに体内で自力で作れるNMNなどの量が減り、そのため遺伝情報が乱れて、老化抑制タンパク質が作れなくなってしまう。

「もう一つの大きな原因、老化細胞ができると、その周辺の細胞も老化細胞に感化されて、老化細胞化していきます。老化細胞は加齢とともに増えていき、その結果過度の炎症が発生して、老化が進んでいくのです」

こうした老化現象の進むスピードを遅くするために有効な手立ては、すでに判明している。それはバランスの取れた適量の食事、適度な運動、快眠である。要するに、生活習慣のコントロールだ。

「ごく簡単に言えば、この三つによって余計なものを体にためないことが大事なのです。ほとんどの病気は“何か不要なもの”が体にたまって起こる。それらがなぜたまるかというと、老化が原因になるのです」

つまり、老化は万病のもとともいえるわけだ。「現在のところ、老化そのものは病気とは認定されていません。しかし老化研究が進む中、ICDという国際的に統一された疾病・死因の分類に、疾病分類コードの補助的役割を持つエクステンションコードが新設され、“老化関連の”という意味を持つコードが作られました。これはやがて老化が病気と認定される、各症状との因果関係や治療法などが確定する日を想定しているとみていいでしょう」。

そんなにも老化研究は進んでいるというのに、日本は世界でも有数の長寿国でありながら、まだ老化の予防や治療という意識が薄いようだ。

「健康で長生きをしたいというのは、誰もが思うことです。ではいかに健康寿命を延ばすのか? その対策として、前述の食事・運動・睡眠を整える生活習慣の改善が必要になります」

そこに加えて、遺伝情報が乱れないようにすれば、きちんと老化抑制タンパク質が作られる=老化を制御できることになる。

NMNの仕組み
NADを上昇させるには、直接的な前駆体であるNMNを摂取することが必要。NMNはNADに変化し、細胞の活動エネルギーとなるミトコンドリアと、老化制御を行うサーチュイン遺伝子にアプローチする。NMNはブロッコリーやアボカドなどに含まれているがごくわずかなため、サプリメントなどでとるのが効率的と考えられている。
画像提供:NOMON

「そこでNMNの出番になります。NMNはビタミンB3の一種で、もともと体内で自分で作れる物質です。緑黄色野菜などにも微量ですが含まれています。しかし加齢とともに自力で作れる量が減ってしまうのが問題です。50代では20代の半分ほどになってしまいます」

NMNは体内でNADに変化し、細胞が活動するためのエネルギーとなるミトコンドリアと、老化を制御するサーチュインの二つにアプローチする。

「マウス実験で、NMNを投与することにより、糖代謝や骨密度、目の機能など、全身の老化が抑制されたという論文がきっかけで、NMNは世界的な注目を集めるようになりました。今や世界中の大学や病院などの研究機関で、NMNのヒト試験が始まっており、糖尿病や心血管疾患といった具体的な病気に対する効果も、期待されています」

現在、NMNのヒト試験が行われる際は1日250mgが基本的な量となっている。

「理論上、摂取量が増えればより効果が高まることが想定されますが、現在のところ副作用などの心配がないとわかっている250mgが目安になっています。将来的には、例えば病後や手術を受けた後などはもっと量を多く、健康だけどよりパフォーマンスをあげたいというときはもっと量を少なくという風に、その人その人の状態に合わせて、摂取量を変えるという使い方がされるのではないかと考えています」

実はNMNの存在自体はもっと以前から知られており、それを老化抑制効果に着目したワシントン大学の今井眞一郎教授が論文を発表したことで、その存在が再認識され、今の研究ブームが起こっている。

「発見はされていても、何にどう使えるかわからない、あるいはすぐに何かに使えるかわからない研究というのは、すごく大事なことなのです。しかし昨今はすぐに商品化できそうなものを探すといった、即物的な研究でないと、資金集めが難しい。これでは日本の研究力はどんどん下がってしまいます」

それを憂える山名氏は、ウェルビーイングやプロダクティブ・エイジングの実現を目指すコンソーシアム「プロダクティブ・エイジング コンソーシアム」の発起人となり、さまざまな分野の人々と連携する活動もしている。

「プロダクティブ・エイジングとは、すべての人が年齢を重ねることを前向きにとらえ、自分らしい人生を全うすること。その実現を目指して、さまざまな企業や団体、個人が力を合わせて活動しています。人脈づくりの異業種交流会とも違い、自分の仕事の宣伝などはせず、仕事の利害関係を離れて、それぞれの領域の枠を超えて協働する団体です。論文に懸賞金を出したり、スポーツ活動の支援をしたり、広い意味でプロダクティブ・エイジングにつながる人々を応援しています。意見交換会やシンポジウムなどで、非常にいい刺激を受けています。自由な空気の中で、新しい研究や取り組みが広がっていくのが楽しみです」

※『Nile’s NILE』2022年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

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ラグジュアリーとは何か?

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