鈴木大拙展 Life=Zen=Art

日本の禅は、海外でZenとなり、世界に広がっている。その流れを作った仏教学者、鈴木大拙を巡るエキシビションが、東京・青山のワタリウム美術館で開催中だ。「Life=Zen=Art」という、まるで禅の公案のようなタイトルを解くことができるか?

Text Yasushi Matsuami

日本の禅は、海外でZenとなり、世界に広がっている。その流れを作った仏教学者、鈴木大拙を巡るエキシビションが、東京・青山のワタリウム美術館で開催中だ。「Life=Zen=Art」という、まるで禅の公案のようなタイトルを解くことができるか?

鈴木大拙 すずき・だいせつ
鈴木大拙 すずき・だいせつ
仏教学者。本名、貞太郎(ていたろう)。海外では、大拙と貞太郎の頭文字を取ったD.T.Suzukiとして知られる。1870年、石川県金沢市生まれ。東京帝国大学在学中、鎌倉円覚寺に参禅、修行を重ね居士号「大拙」を受ける。97年渡米、宗教学者ポール・ケーラスの運営する出版社で彼のアシスタントなどを務め、1909年に帰国後、東京帝国大学講師を経て学習院大学教授に。21年大谷大学教授に就任。親鸞の『教行信証』を始めとする仏教経典の英訳や、英語による仏教や禅思想の著作・講義などを通じて、欧米にZenを広めることに尽力。妙好人、日本的霊性の研究も多大な影響をもたらした。1966年没。

禅には絶対の自由がある。— 鈴木大拙『禅』(工藤澄子訳)

禅とはなにか? 

それに即座に答えられる人など、いるだろうか。仏教にさほど親しんでいない人にとっては、禅といえば、座禅や難解な公案を用いた禅問答などを思い浮かべるくらいかもしれない。

禅においては「不立文字(ふりゅうもんじ) 」、すなわちある境地にたどり着くために、文字を通じた論理的な理解ではなく、座禅や禅問答などの体験を通じて会得する、すなわち「悟る」ことが重んじられる。仏教、なかんずく禅が実践哲学と呼ばれるゆえんである。

それゆえに仏教や禅の要諦(ようてい)を言葉で説明するのは極めて難しい。それを西洋の人々に、彼らの母語で説明するとなると、さらなる至難の業と言うほかない。その途方もない仕事に向き合い、仏教経典の英訳や、英語による著述・講義などを通じて、禅や仏教、東洋思想などを海外に広めた大功労者こそ鈴木大拙(だいせつ)である。

今は永遠の今である、絶対現在である。— 鈴木大拙 『日本的霊性』より

  • 鈴木大拙 書「△□不異〇(色不異空)」 鈴木大拙 書「△□不異〇(色不異空)」
    鈴木大拙 書「△□不異〇(色不異空)」(映像展示) 鈴木大拙館蔵 
    ⓒD. T. Suzuki Museum
    江戸時代の禅僧、仙厓義梵(せんがいぎぼん)が描いた〇△□図を、大拙の解釈により換骨奪胎した作。三角形と四角形を重ねた「色」、すなわち現象の世界と、丸によって表された無限の「空」の世界とは異なるものではないという思想が、過不足なく語られる。
  • 棟方志功 書「無事」 棟方志功 書「無事」
    棟方志功 書「無事」 1958年 
    軸装 215.5╳87.3㎝(陶軸:島岡達三、表装:柳宗悦) 日本民藝館蔵
    柳宗悦は「特に大字に見事なものがあります」と述べている。棟方芸術の中で、こうした書のあり方が、さらなる評価を得ていくであろうことを、柳は予言的に見抜いていた。
  • 木喰明満 「虚空菩薩像」 木喰明満 「虚空菩薩像」
    木喰明満 「虚空菩薩像」 1801年
    72.7╳24╳17.5㎝ 日本民藝館蔵
    江戸後期、多くの仏像彫刻を残した遊行層、木喰明満作「虚空菩薩像」。柳宗悦が長らく忘れ去られていた木喰仏を再発見したことが、民藝運動へと発展する起点ともなった。
  • 西田幾多郎 書「事々無礙」 西田幾多郎 書「事々無礙」
    西田幾多郎 書「事々無礙」
    軸装 140╳34.5㎝ 石川県西田幾多郎記念哲学館蔵現象界の一切の事象が互いに作用し合い、そのままで全ての調和が完成された境地を、華厳宗では事々無礙法界(じじむげほっかい)と説く。哲学者・西田幾多郎と大拙とは、第四高等中学校予科時代の同級で、生涯交流を続けた仲。二人は華厳への深い関心でもつながっていた。
  • 鈴木大拙 書「△□不異〇(色不異空)」
  • 棟方志功 書「無事」
  • 木喰明満 「虚空菩薩像」
  • 西田幾多郎 書「事々無礙」

精神と物質の差異を無化してしまう「日本的霊性」という理念の提起や、民藝運動を提唱した柳宗悦(むねよし)にも大きな影響を与えた「妙好人(みょうこうにん)」の研究・紹介の功績も大きい。現代音楽家ジョン・ケージや、『ライ麦畑でつかまえて』などの作品で知られる小説家J・D・サリンジャーらも、大拙の講話から深い影響を受けている。

大拙は1936年の英文著作『禅と日本文化』の中で「禅は無道徳(アンモラル)であっても、無芸術(ウイザウト・アート)ではありえない」と記している。半知半解を承知で言えば、精神・物質、永遠・今、現象・原理、有・無、色・空―これらを二項対立的に捉えるのではなく、一つのものとして「悟る」ことを促すのが禅であるなら、座禅や公案以外の方法で、論理的な言葉を用いることなくそうした境地に至ろうとする行為は、必然的にアートの領域に踏み込むことになるのではあるまいか。Zenとアートとが重なり合う可能性が、そこに秘められている。

この平凡なvery goodが「妙」である。— 鈴木大拙 『大法論』(新編『東洋的な見方』)より

  • 鈴木大拙 書「無」 鈴木大拙 書「無」
    鈴木大拙 書「無」 軸装 161.0╳68.5㎝ 鈴木大拙館蔵 ⓒD. T. Suzuki Museum
    晩年、大拙はキリスト教神秘主義思想と老子道徳経とを比較し、こう述べている。「『道』は無限の広がりをもっており、それは『無』に帰する。『無』は万物の母胎である」
  • 鈴木大拙 書「山是山」 鈴木大拙 書「山是山」
    鈴木大拙 書「山是山」 軸装 142╳67㎝ 金沢ふるさと偉人館蔵
    最晩年の著作『東洋的な見方』の中に、大拙はこう記す。「禅の体験、『空』を経ることで、山は山であるとともに水となり、世界のあらゆるものとなる。山は是れ山。水は是れ水で、そのまま『色即是空』をあらわす」
  • 南方熊楠 「南方マンダラが描かれた土宜法龍宛の手紙」 南方熊楠 「南方マンダラが描かれた土宜法龍宛の手紙」
    南方熊楠 「南方マンダラが描かれた土宜法龍宛の手紙」 1903年7月18日 24.4╳33.0㎝(レプリカ) 南方熊楠顕彰館蔵
    高野山真言宗管長となる土宜法龍(どきほうりゅう)と南方熊楠との間で、約30年にわたり膨大な往復書簡が交わされた。明治36(1903)年7月18日付書簡には、南方マンダラとして知られる図像が記されている。伝統的な真言宗の曼荼羅の上に、心理学、生物学、神智学などの要素が重ね合わされている。
  • ジョン・ケージ 「十牛図(Zen Ox herding Pictures)」 ジョン・ケージ 「十牛図(Zen Ox herding Pictures)」
    ジョン・ケージ 「十牛図(Zen Ox herding Pictures)」 1988年 
    24.7╳26㎝ RAY KASS 蔵 Courtesy the John Cage Trust at Bard College, The Universitry of Richmond Museums, and Ray Kass and the Mountain Lake Workshop. Photo credit: University of Richmond Museums,
    音楽にとどまらず前衛芸術全般にわたって大きな業績を残したジョン・ケージは、1988年に実験的に製作した55枚の水彩画を、一つの作品にまとめる構想を持ちつつ逝去。その遺志を継いだレイ・カスらが、悟りに至る10段階を10枚の図と詩で表した禅画、十牛図にならい、10点ずつ5セットに再編成した。そのうちの1セットが展示されている。
  • ナムジュン・パイク 「輪廻」 ナムジュン・パイク 「輪廻」
    ナムジュン・パイク 「輪廻」 1987年 59.5╳79㎝ ワタリウム美術館蔵 
    心日本占領下の韓国に生まれたナムジュン・パイクは、その出自から東洋思想、特に仏教に関心を寄せ続けた。前衛芸術運動フルクサスや、ジョン・ケージとの出会いから、それを批判的に吟味し、さまざまな素材を用い、実験的な表現へと昇華させていく。「輪廻」と題されたこの作品からも、そうした制作態度が見て取れる。
  • 鈴木大拙 書「無」
  • 鈴木大拙 書「山是山」
  • 南方熊楠 「南方マンダラが描かれた土宜法龍宛の手紙」
  • ジョン・ケージ 「十牛図(Zen Ox herding Pictures)」
  • ナムジュン・パイク 「輪廻」

そんな大拙の言葉を実証するかのようなエキシビション「鈴木大拙展 Life=Zen=Art」が、東京における現代美術の拠点というべきワタリウム美術館で開催されている。

同館4階には静謐(せいひつ)な和の空間がしつらえられ、大拙の書や、大拙が常に持ち歩いた文殊菩薩(ぼさつ)などが迎える。現代的な総合宗教の確立を目指した神智学の信奉者で大拙夫人のビアトリス・アールスキン・レーンが所蔵した「孔雀明王」図も並ぶ。

3階には、大拙とは第四高等中学校予科時代の同級で生涯の盟友となった哲学者の西田幾多郎の書、学習院時代の教え子で民藝運動を提唱した柳宗悦に関連した作品などを展示。

2階にはジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイス、ナムジュン・パイクらの作品、書簡を通じて交流のあった南方熊楠(みなかたくまぐす)に関連する資料、また同館が主催した坂本龍一の実験的なライブ映像なども鑑賞できる。

鈴木大拙本人や、直接交流のあった人物にとどまらず、大拙を源泉とする流れが、やがて大河となり、周辺の大地を潤していった状況が、数々のアーティストの作品を通して概観でき、未来までも予感させる。

禅とはなにか? その問いに、改めて向き合う知的冒険を楽しみたい。

鈴木大拙展 Life=Zen=Art

  • 2階会場風景 2階会場風景
    2階会場風景。手前、ジョン・ケージ「マルセルについて何も言いたくない」1969年 ワタリウム美術館蔵。右奧、ジョン・ケージ「十牛図(Zen Ox herding Pictures)」 1988年 RAYKASS蔵。左奧、南方熊楠の展示。
  • 2階会場風景 2階会場風景
    2階会場風景。右、鈴木大拙 書「わたしゃしやわせ」金沢ふるさと偉人館蔵。左、木喰明満 「虚空菩薩像」1801年 日本民藝館蔵。
  • 2階会場風景 2階会場風景
    2階会場風景。右より、鈴木大拙 書「山是山」金沢ふるさと偉人館蔵、棟方志功 書「不生」1958年 日本民藝館蔵、鈴木大拙 書「わたしゃしやわせ」金沢ふるさと偉人館蔵。
  • 3階会場風景 3階会場風景
    3階会場風景。右より、鈴木大拙、岡倉天心、西田幾多郎の書などが並ぶ。
  • 4階会場風景 4階会場風景
    4階会場風景。右より、鈴木大拙 書「玅用」「無」共に鈴木大拙館蔵、映像展示、右より、鈴木大拙 書「△□不異〇(色不異空)」鈴木大拙館蔵、カジミール・マレーヴィチ「黒の十字」、仙厓 書「○△□」出光美術館蔵。
  • 2階会場風景
  • 2階会場風景
  • 2階会場風景
  • 3階会場風景
  • 4階会場風景

鈴木大拙展 Life=Zen=Art
会期   2022年10月30日(日)まで
開館時間 11:00~19:00
休館日  月曜 ※9月19日、10月10日は開館
会場   ワタリウム美術館
東京都渋谷区神宮前3-7-6 TEL03-3402-3001
www.watarium.co.jp

展示作家:木喰明満/岡倉天心/南方熊楠/西田幾多郎/鈴木大拙/柳宗悦/棟方志功/ジョン・ケージ/ヨーゼフ・ボイス/ナムジュン・パイク/谷口吉生/坂本龍一/山内祥太資料展示 仙厓義梵/カジミール・マレーヴィチ/J・D・サリンジャー
※作品保護のため、会期中、一部展示替えがございます。

ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。