過去は振り返らない。いつも前だけを見ている
フランス料理の揺るぎない格調を備えながら、現代的な軽やかさもある。ベテランシェフだからこそ到達できる深みと迫力、繊細な味の表現。それが、吉野建氏の料理だ。
さらに、66歳を迎えた今でも、フランス料理に対する熱意はまったく衰えない。吉野氏はなにしろ、“日本人がフランスで自店を開く”という偉業を90年代に成し遂げたほどの情熱の持ち主。
さらにその前、80年代の半ばから、吉野氏はパワー全開で日本のフランス料理会を牽引し続けてきた。
80年代の半ば、フランスの一流店で修業した料理人たちが次々に帰国、シェフとして存分に腕を振るうことで日本のフランス料理界は大いに活況を呈していた。その中心人物の一人として活躍していた吉野氏だが、実はその間もずっと“フランスで勝負したい”という思いを持ち続けていた。
そんな中、フランスでシェフに就く話を得て、渡仏。この話はさまざまな事情で頓挫してしまうが、逆境をはねのけ、吉野氏は97年にパリに自店「ステラマリス」をオープンする。
「もう、料理への情熱が最高潮に燃えましたね(笑)。何でもやってやる! 絶対に、フランスの舌の肥えたお客を感服させるんだ! と、アクセル全開。毎日が全力勝負でした」
今に至るまでお客に愛されるスペシャリテも、この時期多く生まれた。今回紹介した「ちりめんキャベツ、フォアグラ、黒トリュフのテリーヌ」、「野うさぎのロワイヤル」の他、「テット・ド・ヴォー ウミガメ風」「ジビエのトゥルト」なども、現地の食通の間で高い評価を得た料理である。
これら20年来のスペシャリテが今なお古びないのは、それだけ当初から完成度が高かったから。そして時代に即して細やかに調整を加えてきたからに他ならない。
「僕は過去は振り返らない。いつも前だけを見ている。新作だって、常に考えていますよ」と笑う吉野氏。“長年のスペシャリテ”という誰もが持てるわけではない宝、そして尽きることのない料理への情熱とともに、さらなる未来へと進む。
吉野建
1952年鹿児島県生まれ。1979年に渡仏、「ジャマン」などで修業。帰国後、小田原に「ステラマリス」を独立開業。再渡仏し、1997年にパリに「ステラマリス」をオープン。現在は銀座の他、汐留などにも店を展開。
●レストラン タテル ヨシノ 銀座
東京都中央区銀座4-8-10
PIAS GINZA12F
TEL 03-3563-1511
※レストラン タテル ヨシノ 銀座は、2020年11月30日に閉店しました
※『Nile’s NILE』2019年2月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています