ストイックさとバランスと

12年前、32歳の時にカンテサンスを立ち上げた岸田周三氏。「新時代を作る若手」として話題となり、その後も「時代を牽引する料理人」として注目を集め続ける。しかしそんな熱狂からは一歩距離を置き、冷静かつ圧倒的な集中力で日々料理に向き合う。

Photo Masahiro Goda  Text Izumi Shibata

12年前、32歳の時にカンテサンスを立ち上げた岸田周三氏。「新時代を作る若手」として話題となり、その後も「時代を牽引する料理人」として注目を集め続ける。しかしそんな熱狂からは一歩距離を置き、冷静かつ圧倒的な集中力で日々料理に向き合う。

200品、料理を準備していました

今回紹介した塩とオリーブオイル、ヤギ乳のババロアの前菜(次ページ)は、オープン初日から毎日出している料理です。

主役は塩とオリーブオイルで、自分の料理はほぼすべてに、この塩とオイルが使われています。いわば味の根幹で、一番こだわっている部分。それに焦点を当てたのが、この料理です。

たいていの料理は食材が主役で、調味料は脇役なのですが、ここでは逆。調味料を前面に出し、「これが当店の味です」と、お客様に伝えます。コースの初めのほうに出す、名刺代わりとなる一品です。

この料理が生まれたのは、パリで働いていた頃。自分の店を持った時に出す料理を……と、200品ほど考えて書き留めていたのです。アイデアだけのもあれば、試作したものもあります。

パリでは、修業仲間だった佐藤伸一さん(パリのパッサージュ53)と、休みの日に毎週、人を招いてテーマに沿った料理を作って出す会を開いていたのですが、そこが試作と訓練の場になりました。

今でもたまにその時のノートを読み返します。「馬鹿げたアイデアだな!」と笑ったり、意外と使えるアイデアもあったり。その中でもこのオリーブオイルと塩の料理は、最初から完成していたタイプの品。12年間ほぼ修正なしで、出し続けています。

オールドリカーの深い世界

フランス修業時代は、「いずれ開く自分の店のために」と、コツコツとワインも買い集めていました。専門店や産地で買うほか、希少なものはオークションでも入手。かなり熱心なコレクターでした。

ただ帰国してからは、もっぱらオールドリカーの世界に引かれるように。飲んでおいしく、勉強すると楽しく、気づいたらその深い世界にすっかりハマっていました。

70年代以前のものは、自然の材料で造られていて本当においしいですね。戦中、戦前に造られた希少な品も、専門のオークションなどで買い集めています。

カンテサンス、コレクション

集めたお酒は開けて飲むこともありますし、コレクション仲間からは「もったいない」と言われますが、店で出す料理にも使っています。

コースの中で1品は、オールドリカーがポイントになる品があるかな? ソースやデザートで活躍しますが、やはり味わいは全然違います。

集めるだけでなく、料理という出口があるのが自分としてはうれしいですね。

トレーナーによる筋トレは効く!

料理人の仕事は、長く続けたいと思っています。小学校の卒業文集に「料理人になりたい」と書いていたくらいなので、やはりこの仕事は好きです。

素材と向き合っていて飽きることがないですし、何年やっていても素材との出合い、発見はあります。もっといい料理を、というモチベーションもずっと変わらず高いまま。これは、この先も変わることはないでしょう。

ただ、この歳になって思うのは健康の大事さです(笑)。30歳を超えた時はなんともなかったのですが、40を過ぎた頃から別の人間になった? というくらい不調や疲れが出やすくなってしまい……。

それで、今年に入ってから、トレーナーについて本格的な筋トレを始めました。長く料理人を続けるにあたり、今のパフォーマンスを落としたくない。健康な体と健全な精神があってこその、一流の仕事ですから。

週に1度ですが、トレーナーから直接教えてもらいながら鍛えると、今まで自己流でやっていたのと全く違いますね。体型も、前は「痩せている」感じでしたが、今は「引き締まった」感じ(笑)。

それになにより寝覚めがよいし、朝から全力で働ける。もっと早くからやればよかった、なんて思っています。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。