61歳のモノローグ F.P.JOURN

フランソワ‐ポール・ジュルヌが自身初の直営店を東京・南青山にオープンして15年が経過した。40代半ばだった彼は、還暦を超えてなお意気軒昂。時計づくりにかける変わらぬ情熱と、人生の終盤を視野に入れた、さらなる進化のシナリオ……胸の内を去来する思いを問わず語りで。

Photo TONY TANIUCH、Masahiro Goda Text Junko Chiba

フランソワ‐ポール・ジュルヌが自身初の直営店を東京・南青山にオープンして15年が経過した。40代半ばだった彼は、還暦を超えてなお意気軒昂。時計づくりにかける変わらぬ情熱と、人生の終盤を視野に入れた、さらなる進化のシナリオ……胸の内を去来する思いを問わず語りで。

フランソワ‐ポール・ジュルヌ
François-Paul Journe フランソワ‐ポール・ジュルヌ
1957年フランス・マルセイユ生まれ。マルセイユとパリの時計学校で学び、1977年にパリで懐中時計の修復を始める。1982年には初のトゥールビヨン付き懐中時計を製作。1999年に自身の名を冠したブランド、F.P.ジュルヌを立ち上げる。2003年9月に初の直営店である東京ブティックを南青山に構える。

ブランドの数十年先を見据えた決断

2018年9月、時計業界が騒然とした。「シャネルがモントル・ジュルヌ社の株を20%取得した」というニュースが飛び込んできたのだ。フランソワ-ポール・ジュルヌは「独立性を保つために、資本提携は一切しない」との考えを貫いてきただけに、さまざまな臆測を生んだのである。ジュルヌは何を思ったのか。

同じ哲学を有しているシャネルだったから

この20年、あらゆるラグジュアリーブランドから、資本参加の話をいただきました。ずっと「NO」と言い続けてきたその理由を、著書『偏屈のすすめ。』にこう書いています。

「わたしがブランドを立ち上げる前にも、そして立ち上げた後にも、自身のブランドを設立した時計師はたくさんいる。わたし以上に有名で、またビジネスの数字上で成功している時計師もいる。しかし、その多くは投資家の支援を受けたり、大資本に吸収されてしまっている。独立性は失われ、才能ある時計師のクリエーションが発揮される状況にない」

当時の気持ちは今も同じです。ただ60歳になって、将来にわたって自分の会社を守っていくことを考えた時、ちょっと気持ちが変わりました。というのも、成長を見守ってきた2人の息子たちに会社を受け継ぐ意思のないことが明らかになったからです。30歳になる長男は歴史の勉強をしていますし、時計学校に入れたかった17歳の次男はバスケットに夢中でね。もともと後継者を育てようという発想がなかったから、それはそれでいいと思っています。

今回、10年ほど前からお話をいただいているシャネルの資本を受け入れたのは、シャネルが家族経営の非上場会社で、当社と同じ哲学を有しているからです。それにトップの3人兄弟は皆さん、時計のコレクターであり、私の時計の愛好者でもある。良好な関係が築けそうです。

力強いパートナーに

シャネルはこれまでもベル&ロスやローマン・ゴティエなどの時計ブランドに“投資”をしてきた実績がある。イメージやビジョン、目標への干渉はせず、ブランドの発展と継続のためのサポートをする投資スタイルが特徴的。

シャネルのような巨大なパートナーは、ブランドが経済的な苦境に立たされた時に支えてくれる力強い存在になり得る。ジュルヌの決断は、ブランドの数十年先を見据えてのものであると言えよう。

シャネルのための時計づくりは「NO」

しかし「ならば、今後はシャネルのために時計をつくるのか」と問われれば、答えは「NO」。シャネルはおそらく1モデルにつき3万本くらい生産しているでしょう。私どもはそういうインダストリーとしての時計づくりをしていません。

技術を愛して、常に未知の機構に挑み、オリジナルを開発することを本懐としています。だから年間約900本という少量生産。そこがシャネルとの根本的な違いでしょうね。資本参加率を20%としたのもそのため。それ以上は嫌だった。かといって10%だと意味がない。80%は我々の会社だというところで、ブランドとしての独立性が保たれると思いました。

車にたとえるなら、フェラーリのようなものでしょうか。カーレースに情熱を燃やしたエンツォ・フェラーリが立ち上げたこのブランドは、およそ20年後、フィアットグループと彼の最高の顧客の一人であったアニェッリと提携。その一環として、フィアットに株式を売却しました。

当時、「エンツォの死後、フェラーリはどうなるのか。会社も一緒に死ぬかもしれない」とウワサされたものです。でも彼の死後、今なおフェラーリは生きていて、美しい車をつくり続けています。もちろんエンツォの時代の車はすべて、今の世にも変わらぬ価値を放ち続けています。私はそこにジュルヌ・ブランドの未来を重ね合わせています。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。