ローストした仔羊のキャレ(背肉)をスライス。しっとり感をまとった、上品な淡いピンク色の肉を見た瞬間、美しさに感嘆の声が漏れる。“見慣れている”はずのシェフでさえ、「すんごいきれい」とシンプルに一言。気持ちの高揚を隠せない様子だ。その一事でわかった、銀座の「レストラン ラフィナージュ」のオーナーシェフ、高良康之さんは「羊愛」にあふれた料理人だと。羊との初めての出会いから振り返っていただこう。
「仕事を始めたばかりの18歳のころに初めて、これと同じキャレのローストを食べました。時代的には『羊は臭い』というイメージでしたが、おいしいと感じました。香り高く、しっかりと食感のある肉質で、脂っこくなく、さっぱり過ぎず……牛肉や豚肉にはない魅力がありました。
その数年後、1990年の暮れから働いたお店が、フランスの西南部、羊の放牧で知られるピレネー山脈の辺りにあってね、ここで育てられた仔羊の肉をよく使っていました。それもあって羊がどんどん好きになり、今もレストランで食事をする時は羊か鳩はとかで迷ったあげく、『んー、やっぱり羊』となることが多いですね」
ラフィナージュはフランスの伝統にのっとって、季節ごとに“成長の旬”を迎える羊の料理を提供する。自然の動物として育てる羊は、年に1度、春先に出産。4月ごろに乳飲みの仔羊、初夏から秋口に仔羊、生後約1年でマトンとして出荷されるという。
「例えばこの時期の代表的な料理はナヴァラン・ダニョー、仔羊のトマト煮込みです。料理名にあるナヴェ(かぶ)を始め、春野菜がふんだんに入った一皿です。また仔羊のピーク時は、毎週のように半丸が入ってきます。腿、背、肩など、部位別に調理したり、3種類を一皿に盛り込んだり、もう“羊祭り”状態。冬場はマトンと、その手前のホゲットを使い、さまざまに料理します。1年中、異なる旬の味わいが楽しめます」
ラフィナージュの羊は、20年来の付き合いで、高良さんが信頼を置く方から仕入れる極上品。メインの一つに岩手県の「やながわ羊」がある。
「始まりは、ある男性が山岳地帯のこの地に『羊がいたらいい風景になるなあ』と思い描いた夢物語でした。それが、農家の方の高齢化で、もともとの牛の牧草地や農地が荒廃したことをきっかけに、除草のためのめん羊の放牧が始まったのです。羊肉が出荷されたのは、震災後のことです。私はさっそく東京のフレンチのシェフ二人と復興支援を兼ねて梁川(やながわ)に向かいました。その時に焼いて食べた羊のおいしかったこと! ほどなく餌や出荷の管理を整え、梁川ブランドが育てられました。今や大変な人気です」
このほか国内では北海道、海外ではニュージーランドやオーストラリア、フランスなど、「いずれも“羊飼い名人”が大切に育てた羊を仕入れている」と言う高良さん。今日も入荷した羊肉の断片を味見し、その魅力を最大限引き出すよう努めている。「羊は個体差のある個性的な食材だけに料理が楽しい」そうだ。
レストラン ラフィナージュ
東京都中央区銀座5-9-16 GINZA-A5 2F
TEL 03-6274-6541
laffinage.jp
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※『Nile’s NILE』2024年5月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています