神と人。なかだちとしての羊。
-日本人と羊-

作家
大垣さなゑ

作家
大垣さなゑ

歴史

羊特集、神と人。なかだちとしての羊。、日本人と羊
『旧約聖書』巻頭の「創世記」で神へ供えたのは「肥った羊の初生児」。そして、子羊を神は顧みて「よし」とした。写真はコリデールの子羊。写真提供/農研機構北海道農業研究センター

野生種の起源をたどれば250万年前の氷河期に、家畜としての歴史をさかのぼっても紀元前8000年から7000年にはなるという羊。

人類最初の文字とされるメソポタミア文字(前5000年)にはもう牛とならんで羊を表わす文字があったといい、前4000年までには西アジアのみならずヨーロッパ、北アフリカ、中国にも家畜化がひろまっていたというから、人類の歴史に羊は欠かせぬ存在だった。

アブラハムにはじまる旧約の民にとってはもちろん、大英帝国の富の礎になったのも羊、彼らに敗れはしたけれど、世界最強の艦隊をそなえて「無敵」の名をほしいままにしたスペインの富をささえたのも、コロンブスやマゼランの遠征費用を賄ったのも羊だった。

羊が人類の歴史をひらき、歴史をつくってきた。まさに「人類史の立役者」ともいうべき羊を、19世紀もすえの四半世紀に至るまで、フツーの日本人は目のあたりにしたことがなかったというから驚きだ。

羊そのものではなく、高級毛織物ラシャがはじめて官許のポルトガル船で入ってきたのが1555年。

羊の毛を刈り、それを織ってラシャを生産すれば国家の利益になる。なんてことを思いたった平賀源内が、長崎からめん羊を入手し(長崎のオランダ商館では自給用の羊を飼育)、日本ではじめて飼育と製織をこころみるや、たちどころに羊が「痒い痒い病」にかかり挫折したというのが1771年のことだった。政府が軍用の毛織をまかなうため、めん羊飼育振興対策に本腰を入れたのは明治になってからだったが、これも失敗。明治後期に大流行した薄地で温かいウール素材モスリンもすべてが舶来品。

第一次世界大戦によって輸入がストップしてはじめて「100万頭増殖計画」を政策とし、紆余曲折をへつつ、第二次大戦前後の食糧難、物不足をあがなう資材としてようやく羊は「花形家畜」に……。目標の100万頭を達成したのが増産のピークとなる1957年だったというから、日本がいかに人類史において特殊であるかがうかがえよう。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。