素焼き、蒸し、仕上げの3ステップ
当店では、何代にもわたって引き継いできた伝統の方法で鰻を焼いています。まずは包丁で手早く裂き、串打ちし、素焼きにします。ここでしっかりと焼いて生臭さを消します。また、ここできっちりと焼くことで、蒲焼の色の出方が違ってきます。
そのあと、じっくりと蒸して余分な脂を落とします。この工程を、私は「鰻のダイエット」と呼んでいます(笑)。
うちはパリにも店があるのですが、フランス人はこの表現をたいそう気に入って、「だから野田岩の鰻は、旨みのインパクトがあるのにヘルシーなんだ」とおっしゃいます。あちらにも鰻があり煮込みなどにするのですが、この工程がないので、やはりこってりとした仕上がりになるようです。
そのあと、みりんと醤油のタレにつけ、備長炭で焼く工程に。この時は、焦げ目をつけることなく、裏表をよく返しながら仕上げます。ここでのポイントは、火床をしっかりと作ること。弱くても強くてもダメ。
また鰻は一匹ずつ違うので、火の強いところに置くか、弱いところに置くかの判断も必要です。そして、うちわでよくあおぎ、風を送って火力を保つこと。これによっても、仕上がりの色、風味が違ってきます。
鰻包丁は使い倒す
鰻包丁は、切っ先に向かってカクッと曲がっている、特徴的な形をしています。今は若い子に毎日研いでもらっていますが、前はもちろん自分で研いでいました。とにかくたくさん裂くので、減りが早い。毎日きちんと研がないと、裂くスピードも変わってくるので、包丁は皆、真剣に扱っています。
和食の人は一本の包丁の思い入れを込めて長く使うようですが、鰻包丁は年に1回ほど買い替える感覚です。どんどん裂き、どんどん研ぎ、使い倒す。切れなくなったらドジョウを裂く包丁に転用したりもします。毎年替えているので、そうですね、料理人人生の中で80本くらいは鰻包丁を使ったことになりますかね(笑)。
鰻を裂くのはみんなで朝やるのですが、毎日400〜500匹くらい。以前は30kg、40kgでも裂いていたのですが、もうしょうがない。91歳になっちゃったから(笑)。1日でも休むと勘が鈍るので、できる範囲でたくさん裂いています。
80代で、ヒマラヤ登山
84歳と86歳の時に、ヒマラヤに登山に行きました。目的地は、標高5550mのカラパタール。86歳の時は途中でリタイアしてしまいましたが、84歳の時は登頂に成功しました。
登山は若い時から好きで、30代までは集中して北アルプスなどに登っていました。でも40代で一度やめ、80代で復活。縁あったグループの方々と、海外の山に登ることになったんです。
ヒマラヤ登山は、日本からは4人のグループで行き、現地のシェルパと案内人を含めて10人の一団に。このメンバーで、予備日も含めて20日間ほどかけて登ります。
4000mを越えると草木がなくなり、「月もこんな風景なんじゃないかな?」と思うような別世界。星も綺麗ですよ。5000mほどのところにベースキャンプを作るのですが、ここまでくるとヒマラヤ連峰が見張らせて、それはもう絶景です。もちろん登るのはつらいですが、こうした風景を見る喜びもまた、かけがえのないものです。