ホワイトアスパラガスの料理
もう一品のホワイトアスパラガスの料理は、この素材に対する岸田氏の変わらぬ思いと、新しい発想が一体化したものだ。
「ホワイトアスパラガスはいろいろな産地のものを試しましたが、やはりフランス産が好きです」と、ここでもそれを使用。
また、「ゆでるよりフライパンで焼くほうが断然においしいと思います。ゆでると、どうしても風味が一定量失われてしまう」。今回はフライパンに細長く生地を絞り、そこにホワイトアスパラガスをのせて焼いている。
その一方で、ホワイトアスパラガスに合わせる素材は、この春に生まれた新しい発想に基づいている。
今まではホワイトアスパラガスの料理は、柑橘の風味や、同じく春に旬を迎える貝類など、爽やかな要素と合わせることが多かった。しかしここでは、「細かく切ってソテーした鳩の内臓とフォワグラを、ホワイトアスパラガスにのせています。こういう濃厚なソースもいいと思って」
たしかに、フライパンで焼いたホワイトアスパラガスは、風味が凝縮されて本来の個性が浮き彫りになる。濃厚なソースを合わせると、その個性がさらにしっかりと感じられる。
自分のペースで社会問題に取り組んでいく
なお岸田氏は料理を考案する際、あくまでも素材に自分の意識を集中させる。今、時代のキーワードとして食の世界で重視されているフードロスの削減や、農業、漁業、畜産業でのサステナビリティについても、関心を持ち把握はするが、あえて自分の料理に、積極的に結びつけようとは思わないという。
「レストランのフードロスについては、店を始めた16年前から実践しています。おまかせ一本で行こうと決めたのは、食材のムダが一番出ないスタイルだから」という。“フードロス”という言葉がない時代からそれを実践しているのだ。
またサステナビリティに関しては、海産資源の保護についてとくに意識している。仕入れを通じて16年間にわたり日本の魚介類に接してきたが、一定以上のクオリティーの魚が確実に減っていると日々感じているためだ。
「これは飲食業界全体の大問題だと思っています。食材のレベルが下がれば提供できる料理の質も下がってしまう。それは、業界全体の沈下につながります。おいしいものが日本からどんどんなくなっていくのを黙って見ているわけにはいきません」
日本の魚は、絶滅に向けて赤信号、濃いめの黄信号、黄信号の魚種が非常に多い。
「でも、じゃあそれらの魚種を店で使わないかというと、そうしたい思いはありますが、実際にやるとなると作ることができる料理がごく限られてしまう。それに、漁師さんの生活も考えなくてはいけません。資源回復のために何年間か禁漁にしたら廃業する漁師さんも出るでしょう。となると、世界でも最高峰の日本の漁の技術がついえてしまう。そうした事態は避けなければなりません」
一番大事なのは、乱獲を避けて水産資源を増やしつつ、サステナブルな漁法を続けていくこと。「そうした漁師さんを応援したい気持ちは強く持っています」という。
店や料理に対峙する姿勢はブレず、「今後も変わらないと思います」と話す岸田氏。「なので、流行のキーワードにのるのではなく、自分のペースで社会問題に取り組んでいきたいと思っています」
岸田周三 きしだ・しゅうぞう
1974年、愛知県生まれ。高校卒業後、93年に志摩観光ホテル「ラ・メール」へ。96年から渋谷「カーエム」に勤務し、2000年に渡仏。ブラッスリーから三つ星まで数軒のレストランで修業後、03年からパリ「アストランス」でパスカル・バルボ氏に師事。04年にはスーシェフに就任。05年に帰国し、06年に「レストラン カンテサンス」を立ち上げる。07年には『ミシュランガイド東京2008』で三つ星を獲得。11年、運営会社から独立し、オーナーシェフとなる。
●カンテサンス
東京都品川区北品川6-7-29
ガーデンシティ品川御殿山1F
TEL 03-6277-0090
www.quintessence.jp
※『Nile’s NILE』2021年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています