ジェラルド・ジェンタの名前を筆者が初めて知ったのは、駆け出し編集者だった1989年、今はなき『PLAYBOY日本版』誌上で腕時計特集を担当したときだった。個性的な八角形ケースにトゥールビヨン、永久カレンダー、ミニッツリピーターを備え、表裏両面がシースルー。価格は3500万円。こんな時計があるのか‼ と度胆を抜かれた。
ジェラルド・ジェンタに対する評価は近年高まる一方だ。ラグジュアリースポーツウォッチブームを牽引したオーデマ ピゲ(以下AP)「ロイヤル オーク」、パテック フィリップ「ノーチラス」を始め、IWC「インヂュニアSL」、オメガ「コンステレーション」、「ブルガリ・ブルガリ」、セイコーのクレドール「ロコモティブ」などなど、手掛けた名作は枚挙に暇がない。
彼が自身の名を冠したデザイン会社を設立したのは69年。70年代初頭からジェラルド・ジェンタ名義のモデルも発表し世界の富裕層からニッチな支持を集めた。96年にシンガポールのザ アワーグラスに会社を売却、2000年にブルガリが、その権利を取得したことはご承知のとおり。
一度はリタイアしたかに見えたジェンタだったが、00年ファースト&セカンドネームを冠した「ジェラルド・チャールズ」を設立、一時日本でも展開された。クセの強いデザインのモデルや、独立時計師アントワーヌ・プレジウソとコラボしたスペシャルピースなども筆者の記憶に残っている。しかし大きな人気には至らず、11年には本人も逝去する。
しばらく鳴りをひそめていた「ジェラルド・チャールズ」だったが、最近、海外からのメール情報などでその名を目にする機会が増えていた。そこに改めて日本での本格展開のニュースが飛び込んできた。ゴリラウォッチ、エベラール、HYTなどを取り扱うオフィス麦野とのパートナーシップ締結会見が1月30日にスイス大使公邸で開催された。「ジェラルド・チャールズ」は設立から3年間、ジェンタ自身が経営トップも務めた後、イタリアのジヴィアーニ家に経営を任せ、亡くなるまでチーフデザイナーに専念。現在は長年イタリアでAPのビジネスを担ったフランコの統括下、息子のフェデリコがCEO、ゴリラウォッチの共同創業者でかつてAPのチーフデザイナーを務めたオクタヴィオ・ガルシアをクリエイティブディレクターに据える。展開するのは当面「マエストロ」コレクションに絞る。04年にジェンタが描いたデザインスケッチをベースとするケースは、ローマのバロック建築の教会をインスピレーションソースに、六角形、八角形、十字形が巧みに取り入れられている。全モデルがハイエンドなムーブメントサプライヤーとして知られるヴォーシェ社との共同開発キャリバーを搭載し、10気圧防水、5Gの耐衝撃性を誇る。
ジェンタデザインは、あまりにも先見性が豊かで、同時代には受け入れられないこともままあった。現在ラグスポを代表するモデルでさえも1970年代当時には物議を醸し、絶大な人気となったのは2000年代半ば以降のことだ。しかし今回ローンチした「マエストロ」は、デザイン画が描かれてからすでに20年が経過し、いい塩梅に“熟成”が進み、抵抗感なく着けられる。今後、どんな評価やシーンへの影響が出てくるのか、それを見守る楽しみもジェンタデザインならではだ。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。
※『Nile’s NILE』2024年3月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています