ローマン・ゴティエについては回を改めて触れたいが、今、世界のハイエンドコレクターが最も注目するブランドの一つであることは間違いない。シャネルとの提携関係により、生産体制を充実させたことも、名声を後押ししたかもしれない。
ローマン・ゴティエ以外にも、シャネルはマルセイユ出身の辣腕独立時計師フランソワ・ポール・ジュルヌが率いるモントル ジュルヌ社にも資本参加している。フランスのハイレベルなもの作りを支援しようとしている印象もあるが、投資先の名前や主体性、創造性を阻害せず、お互いをウィンウィンな関係に導くのがシャネル流という評価もある。そうでなければ、独立性に強いこだわりを持つジュルヌが、資本参加を受け入れることはなかっただろう。
新作エキシビション、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブに先駆けてこの1月に発表された新コレクション「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」5作のうちの2モデルで、F.P.ジュルヌが所有する文字盤アトリエ、カドラニエ・ジュネーブが手掛けた文字盤が採用された。ガブリエル・シャネルがアトリエで常に身に着けていたピンクッション(針刺し)をインスピレーションソースとするのもので、ハンドエングレーブ、エナメル、デカールと呼ばれる転写技術などを駆使した工芸性の高さが見事だ。若き日のジュルヌは「自分の興味の対象は機構であって、外装は自ら手をかけたくない」旨の発言をしていたことがあったが、今や傘下の文字盤アトリエの技術水準の高さには目を見張らしめるものがある。
19年にリニューアルされた「J12」には、新自動巻きムーブメント「キャリバー 12.1」が採用された。このキャリバーはシャネルがデザインしたものであるが、製造はロレックスグループのチューダーが16年に設立した新興ムーブメントサプライヤー、ケニッシ社が手掛けている。シャネルは、このケニッシ社にも資本参加を果たしている。
世の中には投資家の意向に左右され、方向性を見失う企業がままある。しかしシャネル型の資本参加は、それとは大きく趣を異にする。提携先とともに開発・クリエイションを磨き上げ、完成度を高めていく。そんな望ましい関係性の構築が続く限り、シャネルのタイムピースは魅力を放ち続けるに違いない。
まつあみ靖 まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著者に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。