上書き保存

食語の心 第106回 柏井壽

食語の心 第106回 柏井壽

食語の心 第106回

「これが〇〇なら、これまで食べてきた〇〇は一体何だったのか」
「これまで食べてきた△△のなかで、これは間違いなくナンバーワンだ」
「このジャンルのなかで、ここはベストスリーに入る」

飲食店で食べることを生業にしているひとたちや、グルメブロガー、外食好きの方のSNSの投稿で、しばしば見かける常套句である。
こういうひとのことを、ぼくは上書き保存のひと、と呼んでいる。

よくよく考えてみれば、冒頭の常套句は、食以外にはあまり使われないだろうと思う。
たとえば読書。あるいは音楽、旅行地や宿など、趣味の領域でいちいち順位を付けたり、ベストを定めたりはしないのがふつうだ。

なのになぜ、絶えず1位を置き換えたり、ベストスリーを定めたりしたがるのか。それはきっと自慢したいからなのだ。
ほら、わたしはこんなにおいしいものを食べているのだ。どうだ、うらやましいだろう。そう言いたくて仕方がないに違いない。

では、なぜそれを自慢できるかと言えば、食については限られたひとしか体験できないからである。
読書にしても、音楽にしても、秀でた作品を知れば、今の時代、それは誰でも手に入れることができる。それもダウンロードという手段を使えば、どんな場所に居ても、瞬時に、かつ容易に、比較的安価で入手できるのだ。
となれば、「これが恋愛小説なら、今までの恋愛小説は何だったんだろう」とか、「これまで聴いてきたロックのなかで間違いなくナンバーワンだ」などとSNSに投稿しても、なんの自慢にもならない。

そこへいくと食は違う。

これがナンバーワンだと自慢する食は、たいてい予約の取りづらい人気店だったり、高価で希少なものだったりで、限られたひとしか体験できないものなのだ。
つまりその投稿を読んだひとが、追体験をしようと思っても、相当高いハードルを乗り越えなければならないので、うらやましがるしかない、ということになる。それが分かっているから、上書き保存の投稿をするのだ。

これも再三書いてきたことだが、その食を高みに持ち上げることで、それを絶賛している自分自身も、高い位置にいると勘違いしているひとたちに限って、冒頭の常套句を好んで使いたがる。

このコラムでもずっと書き続けているが、ぼくは店を格付けしたり、星の数を増減したり、順位を決めたりすることをよしとしない。忌み嫌っていると言ってもいいほどである。
なぜかと言えば、順位を決められた側の立場に立って考えるからである。

料理店主がよく口にする言葉に、「店は我が子同然」がある。

生みだし、そして苦労して育てるもの。ひとからどう見られていても、可愛くないはずがないということだ。
その「我が子同然」である店に、他から点数を付けられたり、格付けされてどう思うか。言うまでもないだろう。
それも上書きされるのだから、その思いは察するに余りある。

とある割烹の主人から、まさにそんな話を聞いたことがある。

梅雨のさなか。名の知れたグルメ評論家がその割烹を訪れ、鮎の塩焼きを食べて絶賛していたのだそうだ。
それからひと月ほど経って、くだんのグルメ評論家が、別の店の鮎の塩焼きのことを究極の味とほめたたえる記事を雑誌に掲載したのだそうだ。

「これが鮎の塩焼きというなら、ぼくがこれまで食べてきたものはなんだったのか。鮎の塩焼きもどきだったのだろう」
そんな記事だったという。
「うちの料理は、もどきって言われてしまいましたよ」
そう言って主人は悲しそうに、半笑いを浮かべた。

料理や店をほめるのもいいし、批判するのもいい。好みに合う、合わないは必ずあるのだから。
だが、ほかと比較することは、厳につつしんだほうがいい。

食に限ったことではないが、なにかを論ずるときは、言われた側の身になるのもたいせつなことなのだ。
ナンバーワンだとか、ベストスリーなどを決めなくてもいいではないか。おいしいと思えばそう書けばいいだけのことだ。

上書き保存ではなく、別名で保存する。
それが正しい「食語の心」なのである。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2022年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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