食と土地の密接なつながり

食語の心 第12回 柏井 壽

食語の心 第12回 柏井 壽

食語の心 第12回

東と西。狭い国土ながら、料理法や味付けなど、大いに違う。巷間よく話題になるのは鰻(うなぎ)。

東は背開きして、蒸しを入れて焼く。それゆえ身も皮も柔らかく焼き上がる。一方、西は腹開きして、頭を付けたまま直焼きする。よって身はパリっと香ばしく、身もしっかりと弾力を残す。
優劣ではなく、好みの問題。ふわりと蕩けるような鰻を愛するか、皮目の歯応えを愉しむか。その好みは、東西の気風の違いによるものかもしれない。

と、しかし、西方には微妙な違いがあって、それは大阪と京都では嗜好が異なるということ。
京都で人気の鰻屋は、大抵が江戸風に鰻を焼き上げる。背開きし、頭を取って、蒸しを入れてから、タレを付けて焼く。したがって、ふんわりと柔らかい蒲焼きになる。
大阪の鰻屋はといえば、これはもう、圧倒的に地焼き。パリパリした皮でなければ、蒲焼きとはいえない、と浪速人はいう。

京都と大阪。隣り合った土地なのに、なぜ嗜好が異なるのか。そこには長い歴史によって育まれてきた気性の違いが起因しているのだろうと思う。

何より京の都は公家文化が広く行きわたり、やんごとなき方々の嗜好に合わせてきたのである。上品で繊細。言い方を換えれば、ひ弱。
片や、大阪はとなれば、いわずと知れた商人の町。商魂たくましければ、食欲も盛ん。味も食感もしっかりしたものを好む。

鰻のみならず、京都人は総じて柔らかいものが好みである。讃岐のような、コシのあるうどんなど、とんでもない。〈京の腰抜けうどん〉と揶揄されるように、噛まなくてもいいほどに柔らかいうどんを好むのが京都人。
肉でもロースよりヒレ。京都人はそれをヘレと呼ぶ。ヘレカツ、ヘレステーキと、すんなり歯が通る肉を好んで食べる。これが大阪になると、ロース派が多数を占める。

都人がロースよりヘレを好むのは、歯応えだけでなく、脂身が少ないからでもある。鰻に蒸しを入れるのも、余分な脂を落とすため。ステーキでも鉄板より、網焼きに人気が集まるのも同じ理由だ。

食と土地が密接なつながりを持つのは、かかる理由からである。その地に長く暮らしてきた人々の生業、生活基盤、習慣、気性などが絡み合って、その地の食を育んできた。そしてそれがまた、その地の人の活力となり、生きる糧となるのだ。
地産地消、身土不二、といった言葉は、その象徴。その地の食材、その地の料理は人を育む上で、最も大切な要素なのである。

これと相反する言葉が〈お取り寄せ〉。頭に〈お〉が付き、一見すると丁寧に感じるが、その地に行かずして、食だけを運ばせようとする、横着な発想ではないか、と僕は思う。

日本国中、津々浦々、どころか、今や世界中から、さほどの時間が掛からずに、食材や料理が届く。だが、それらは、当たり前のことだが、当地の空気や習わしまでは運んでくれない。あくまでパーツとしての食材であり、調理されたものでしかない。それらを食べて、果たして、どれほどの意味があるのだろうか。

しかし、正直に白状すれば、僕もたまに取り寄せることがある。どうしても食べたくなって、だが、現地まで赴く時間がない。そんな時、魔が差したようにネットで注文してしまう。最近では北海道名物のジンギスカン。
タレに漬けたラム肉を鉄板で焼いて、野菜を絡めて食べるジンギスカンは、僕の大好物である。札幌を訪れたなら、必ず一度は食べるし、これを目的にして北海道を旅することもある。半年も食べずにいると、禁断症状が出る。

というわけで取り寄せてみたのだが、同じ店の同じ肉、同じタレなのに、何かが違う。決して不味くはないのだが、現地で食べるような感動もなく、箸が一向に進まない。
何故かと考えて思い当たったのは、空気の違い。

カラリと澄んだ空気の北海道で食べるから旨いのであって、ジメジメとした湿気に包まれた京都で食べても、その味わいは半減する。開拓精神を今に受け継ぐ、大らかな気性の人々に囲まれてこそのジンギスカンだと気付いた。
土地と食の密接な関係。この話をもう少し続けることにしよう。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2014年4月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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