その象徴的な存在が、今春のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2020でべールを脱いだモデル「カレラ プラズマ」だ。ラボグロウンダイヤモンドを、かつてない大胆な方法で採用し、ナチュラルダイヤモンドに置き換えるのではなく、それでしかできないことに挑戦した。
ラボグロウンダイヤモンドは、天然ダイヤモンドが生成される高温・高圧な環境を人工的に作り出すHPHTという技術によるものと、腕時計ケースの表面処理などでも用いられる化学蒸着(CVD)技術によるものとがあり、タグ・ホイヤーは主に後者を採用しているようだ。薄くスライスしたダイヤモンドをベースに、炭素を含有したメタンガスとマイクロ波を照射して徐々にダイヤモンドを成長させる技術である。
ダイヤモンドの模造石として知られるキュービックジルコニアなどと異なり、天然ダイヤモンドと同じ成分で、しかも管理された環境下で生成されるため、不純物を含まない。ジュエリー業界では、環境にも優しく、エシカルであり、天然に比べて30~40%低価格などのメリットからすでに認知が高まっている。
ウォッチ&ワンダースでの発表以来、筆者はまだ「カレラ プラズマ」の実機を目にしていなかったが、7月末、現状では世界に一つしかないモデルの“初来日”が実現し、対面がかなった。モータースポーツがルーツの「カレラ」のデザインコードを踏襲したブラックアルマイトケースには、ラボグロウンダイヤモンドをランダムにセッティング。文字盤は多結晶ダイヤモンドで埋め尽くされ、アワーマーカーに加え、リュウズにも2.5ctの大粒のラボグロウンダイヤモンドがあしらわれ、アヴァンギャルドで、エレガントで、ラグジュアリーなオーラを放っていた。
今後、徐々に生産数を増やし、継続的に販売していくという。現時点での価格は未定で、関心のある方は問い合わせられたい。タグ・ホイヤーのみならず、腕時計業界全体にとっても刺激となるモデルが、この若きCEOによって生みだされたことは収穫と言っていい。
まつあみ・やすし
1963年、島根県生まれ。87年、集英社入社。週刊プレイボーイ、PLAYBOY日本版編集部を経て、92年よりフリーに。時計、ファッション、音楽、インタビューなどの記事に携わる一方、音楽活動も展開中。著書に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)、『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)ほか。