「5.75、5.9、6.3、6.7、7.05、7.2、7.8……。これらの数字が何を意味するかお分かりだろうか?」
『Nile’s NILE』2011年3月号に寄稿したジュネーブSIHHの新作レポートの冒頭で、筆者はこう書いていた。この年、薄型タイムピースを各ブランドが競うように発表し、ケースが薄い順に並べたのが、この数字である。ちなみに最も薄い5.75mmはラルフローレンの「スリム クラシック スクエア モデル」だった。
今をさかのぼること11年、時計業界はリーマンショックからの立ち直りの時期にあり、それまでの“デカ厚”に代わるトレンドが模索される中、超薄型が浮上してきた。当時の数字を振り返ると確かに薄いが、後年熾烈を極める薄型競争時代の値と比べると牧歌的とさえ思えてくる。
なにしろ、この7月にリシャール・ミルが世界最薄記録を更新した「RM UP-01 フェラーリ」のケース厚は、わずか1.75mm‼
このモデルに触れる前に、薄型モデルの歴史を概観しておきたい。長年、薄型をリードしてきたのはピアジェだった。1957年、時計史にその名を刻む厚さ2mmの超薄型手巻きキャリバー9Pを開発。3年後の60年には厚さ2.3mmの自動巻きキャリバー12Pも開発し、技術的アドバンテージを長らく維持することになる。
薄型ブームが到来した2011年以降、王者ピアジェをまず脅かしたのはジャガー・ルクルトだった。13年に、キャリバー厚1.85mm、ケース厚4.05mmの創業180周年記念モデル「マスター・ウルトラスリム・ジュビリー」を発表し、世界最薄記録を更新。
しかしピアジェは翌14年に、ケースバックとキャリバーとを一体化する革新的な構造のキャリバー900Pを搭載した「アルティプラノ」によってケース厚3.65mmで応戦。するとジャガー・ルクルトは同年、ケース厚3.6mmの「マスター・ウルトラスリム・スケルトン」で逆襲。
これに業を煮やしたか、ピアジェは大幅に厚さを抑え、2mmを実現したコンセプトモデルを18年に発表。これを20年に「アルティプラノ アルティメート コンセプト」として製品化し、同年のジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリの最高賞“金の針賞”に輝いた。
こうした薄型競争に参入したのがブルガリだった。14年に発表した世界最薄トゥールビヨン搭載モデル「オクト フィニッシモ トゥールビヨン マニュアル」を皮切りに、ミニッツリピーター、クロノグラフ、パーペチュアルカレンダーなどの世界最薄記録を次々と樹立していく。
そして今春、満を持して八つ目の世界最薄記録となる手巻きの「オクト フィニッシモ ウルトラ」を発表。ケースバックとキャリバーとを融合したメカニズムや、特殊なレイアウトによって実現された薄さは2mmを切って1.80mm。これぞ究極の薄さ‼ と多くの時計関係者が思った。しかしその王座をたった4カ月で明け渡すことになるとは。