個人海外投資に必要な国際税務の基礎知識 第14回

Text 永峰 潤
電卓

エステートプランニングについて(承前)

まずは、前回のまとめから。今や我が国でも使われるようになったエステートプランニングという言葉の出所であるアメリカでは、時間と費用がかかりさらには遺産内容が公開される遺言⇒プロベートという手続きを避けるための方法を指す言葉として用いられている。

プロベート回避手段として、前回は生前に死亡時の受取人を指定しておくPOD(Payment-on-death)を紹介した。今回はこれ以外の方法を紹介する。

TOD

PODが銀行預金に関するものなのに対して、TOD(Transferon-death)、死亡時譲受人指定証券口座は、株式、債券やファンドなどに対して、口座名義人が生前に死亡時受取人を指定しておくアレンジを指し、POD同様にプロベートを避けることができる。

本来、TOD は金融商品に関するものだったが、近年は不動産についても大多数の州で可能になったため、ポピュラーな手続きとなっている(※1)。ちなみにハワイ州もこの手続きが可能である。

これと似たようなプロベート回避手段にジョイント・テナンシー(合有形態)がある。我が国ではこちらの方が有名であり、ハワイに不動産を所有されている方は聞いたことがあるかもしれない。以下のような内容である。

ジョイント・テナンシーにより夫婦で不動産を所有すると、夫婦のどちらか一方が先に亡くなった場合、プロベートを経ることなく、生存している配偶者が全部の所有権を持つことができる。この方法は簡単に設定できるのでポピュラーな方法である。

ただし、この形態で不動産を所有したものの、実際には夫婦で均等に不動産購入資金を負担していないと、日本の相続税法では資金負担した配偶者から負担してない配偶者への贈与として扱われる。

アメリカでは夫婦がともに米国市民でジョイント・テナンシーを設定した場合、配偶者への贈与は原則免税となる。そのため、日本人がハワイで不動産を買う際に現地不動産業者がアメリカ人と同じようにジョイント・テナンシーを勧めることがあるので(今は少なくなったと理解しているが)要注意である。

生前信託

アメリカでプロベート回避手段として用いられる信託は撤回可能生前信託(the revocableinter vivos trust)と呼ばれるものである。

この信託は生前に自分を受託者として財産を信託するもので(declaration of trust)、撤回可能としておけば信託組成後も取り消しが可能なため、遺言とほぼ同様の効果が得られるが、プロベートがいらないため重宝されている。

アメリカの信託にはもう一つの切り口として遺言信託(testamentary trust)というものがあるが、これは文字通り遺言によって組成される信託であるためプロベートを避けることはできない。

撤回可能信託を自らの保有する不動産に利用することは可能であり、受益者を委託者以外の者(例えば子供)としなければ、信託組成によっても日本の贈与税がかかることはないが、この制度は本来色々な財産をまとめて信託することで、それらを一元的にプロベートから回避できることが最大のメリットであるため、例えば日本人が海外に保有する資産は不動産だけであり、それをプロベートから回避したいということが目的であるならば、あえてそのために信託を設定するメリットはあまりないかもしれない。また銀行預金に関して一定額以下はプロベートがいらないケースもある(州ごとに扱いが違う)。

この他のプロベート回避手段としては生命保険や年金がある。

以上を踏まえて、日本人がアメリカに銀行預金や不動産を保有する場合、コストと手間を考えてプロベートを避ける手段を選ぶとすると、POD,TOD、TODD(不動産の場合で、Transfer-ondeathdeedという)が現実的選択肢と言えるだろう。

本稿のまとめ

☑有価証券についてはTODにすればプロベートを回避できる。
☑生前信託はアメリカではポピュラーなプロベート回避手段として用いられている。

(※1)SITKOFF、DUKEMINIER著『Wills, Trusts, and Estates (10th edition)』497頁。州によってはこの方法がとれないところもある。

永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学卒業後、ウォートン・スクールMBA。
監査法人トーマツ、バンカーズ・トラスト銀行等を経て、現在は永峰・三島コンサルティング代表パートナー。

※『Nile’s NILE』2021年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

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