スピットファイアといえば、第二次世界大戦中に英国空軍の主力戦闘機として使用された傑作機。美しい楕円形の主翼と引き締まった胴体に魅了されるファンも多い。
「救国の戦闘機」と呼ばれた同機の類まれなエンジニアリングを後世に残すため、博物館で保管されていた機体が3年もの歳月をかけて修復され、再び空に舞い上がったのは7月のこと。磨き上げられたシルバークロームのボディーから「シルバースピットファイア」と名付けられた同機は現在、史上初の「世界一周飛行」の真っ最中だ。
搭乗するのは、このプロジェクトの発案者であり、世界唯一のスピットファイア公式飛行スクールを創設したスティーブ・ボールトビー・ブルックス氏と、教官を務めるマット・ジョーンズ氏の二人。ともに熟練のパイロットだ。総飛行距離4万3千キロを100の区間に分け、各国の飛行場で給油とメンテナンスを行いながら交代で飛行する。数カ月をかけて世界一周をするという、壮大で過酷な空の旅である。
メインスポンサーとしてこのプロジェクトを支援するのが、1868年の創業以来、数々のパイロットウォッチを手がけるIWCだ。パイロットウォッチコレクション「スピットファイア」をラインアップするなど、両者の縁は深い。CEOのクリストフ・グランジェ・ヘア氏は、「機械式時計と航空機には密接な関わりがあるだけでなく、多くの共通点があります。私たちはこのプロジェクトを通して、職人の手仕事や技能、先見性といったクラフツマンシップの大切さを伝えたいと思っています。クラフツマンシップを次の世代に継承することは、新しい創造への架け橋になるのです」と語る。
その言葉を裏付けるように、スティーブは「注目すべきは高いレストアの精度です」と語る。歴史的な航空機を専門とするレストア会社にて、1万8千本のリベットを全て外し、洗浄、検査、交換を行ったという。
職人たちの高い技術により、シルバースピットファイアはエンジンを含むほぼ全てをオリジナルのまま残し、76年の時を経て現代によみがえった。ただし、レーダーや最新の計器は搭載していないため、エンジン音で機体の状態を確認しながらマニュアルで飛行するという。つまり、プロジェクト完遂のためには、パイロットの飛行技術も不可欠ということだ。
記念すべきテイクオフのセレモニーは、8月5日、イギリス南部チチェスター・グッドウッド飛行場にて、英国空軍全面協力のもと行われた。世界各国からゲストが祝福に駆けつけ、音楽隊が演奏を披露。最初の区間を担当するマットがコクピットに乗り込んだ。晴れやかな空にシルバースピットファイアが飛び立つと、イギリス陸軍のパラシュート・デモンストレーションチーム「レッド・デビルス」がIWCのフラッグを掲げながら祝賀降下し、会場を大いに盛り上げた。
華やかなムードの中で冒険の旅に出たシルバースピットファイアは、IWCと通底するクラフツマンシップの象徴として、今も世界のどこかをフライトしている。
※『Nile’s NILE』2019年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています