美術工芸の世界には、もはや誰のものだという「所有」の意味を超越した〝人類の宝〞がある。
だが、そんなレベルではなくても、著名なブランドや優れた職人が作る名品のように、時代を超えて受け継がれる普遍の価値を持つ「ヴィンテージ品」は、私たちの周囲には、実は数多くある。たとえ今は名品と認められていなくても、後にそう評価されることも珍しくない。高価ではなく、ささやかなものでも、思わぬ価値が認められることもある。そんな「未来のヴィンテージ」を発見できる人こそ本当の「目利き」なのだ。
さて、今回ご紹介するファベルジェは、そんな目利きたちが目下、ひそかに注目しているブランドだ。実はその歴史の中で永遠不滅の〝人類の宝〞を生み出している。1885年から1916年にかけて製作された人類史に残る傑作「インペリアル イースターエッグ」である。
この奇跡の宝飾品を創造したのは1842年、ロシアのサンクトペテルブルクに宝飾工房を開いた金細工師グスタフ・ファベルジェの息子、ピーター・カール・ファベルジェ。
彼は1872年からロシア・ロマノフ朝の女帝エカチェリーナ2世の私的美術館だったエルミタージュ美術館の収蔵品の修理、修復に携わったことをきっかけにロシア王室と関わりを持ち、ロマノフ朝最後の二人の皇帝、アレクサンドル3世とその息子ニコライ2世の皇室御用達金細工師となり、皇后にして母后となったマリア、アレクサンドラのへの贈り物、イースターエッグの製作を依頼される。皇帝たちが求めたのは、殻を開けたとき、二人を魅了する驚きある特別な宝飾品とすること。ピーター・カール・ファベルジェと職人たちは、製作した50点のエッグの一つひとつに、最高の宝飾技法、オートマタ、からくり時計など超絶的な仕掛けを組み込んだ。
しかし1917年のロシア10月革命を経てロマノフ朝は滅亡し、「インペリアル イースターエッグ」は世界中に散逸。カール・ファベルジェは失意のうちにロシアを離れ、1920年にスイスで死去する。
だがブランドは2007年、不死鳥のようによみがえった。曽孫タチアナ・ファベルジェとサラ・ファベルジェが、世界最大級の宝石鉱山会社ジェムフィールズと共にブランドを再建。カール・ファベルジェの天才的なアイデアと美意識を継承する高級宝飾時計や宝飾品の開発・製造をスタートさせた。驚くべきはこの「継承」が名目だけのものではないことだ。
その証しの一つが2015年のジュネーブ・ウォッチグランプリ(GPHG)のレディ・コンプリケーション部門で金賞に輝いた「レディ コンプリケーション ピーコック」。美しい羽を開閉するクジャク。その動きをレトログラード機構で再現した分表示を組み込んだこのモデルは、まさにファベルジェのDNAを継承・発展させたものだ。これからの製品も、未来のヴィンテージになることは間違いない。
●EQ&Co. TEL0423-77-0029
※『Nile’s NILE』2018年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています