秋茄子の料理
こうした経験の上で岩坪氏は2012年に「イル・プレージョ」をオープン。冒頭で書いた変化を経て現在に至る。今回の2品は、そんな岩坪氏の現在をよく表している。
戻り鰹(がつお)と天然きのこの料理は、いずれも秋が旬の素材の組み合わせ。どちらも、料理の主役となり得る強い素材同士がガッチリと組み合う構成で、佇(たたず)まいはダイナミックかつさりげない。
「単純に、鰹が今最高においしいし、ちょうど数日前に白神山地からとても上質な天然ものが届いたので、これらを合わせました」
きのこは、天然のなめこ、こうたけなど6種類。ねっとりとして旨みの強い鰹と、シャキッとして風味の濃いきのこは、口の中で絡み合い、徐々に一体化。その変化と濃厚な味が実に心地よい印象を残す。そんな中、みょうがの甘酢漬けがアクセントとして働く。きのことオリーブオイルで作るピュレを下に敷いている。
この一品は自由な料理という側面を強く感じるが、根底にはイタリア料理の伝統がある。「もともと、イタリア料理では海のものと山のものの組合せ“マーレ・エ・モンテ”が定番であります。それを意識しました」
もう一品は、大麦のリゾット「オルツォット」に、大麦と同じ大きさに切ったいぶりがっこを入れて仕立て、バルサミコで煮た穴子をのせたもの。ソースは、旨みが強いシチリアなすを焼きなすにしてからピュレにしたものだ。
「これはオルツォオットのおいしさ、つまりは大麦のおいしさを表現した料理です。プチプチとした食感を、いぶりがっこのコリコリとした食感が引き立てます。穴子の主張も強いですが、実際に食べると最終的には“大麦の料理”と、大麦の存在感、力強さを感じていただけるはずです」
仕上げに、葉野菜のパウダーとカメルーン・ペンジャ産の香り高く辛みの強い胡椒をかける。
「イタリア料理の他に、“自分の料理”というカテゴリーもある。最近はそれを自然に作れるようになりました。自分の内側からフッと生まれる料理が増えましたね」
軸がしっかりしているので、説得力がある。かつ、時季の素材に向き合い、その美点を柔軟に引き出す。これからますます進化するであろう彼の料理から、目が離せない。
岩坪滋 いわつぼ・ゆたか
1978年、東京都生まれ。調理師学校を卒業後、アクアパッツァグループに入り、日髙良実シェフに師事する。約5年後に渡伊し、3年間にわたりピエモンテ、カンパーニャ、ヴェネト、サルディーニャで働き、シチリアでも研修。帰国後は「リストランテ カシーナ・カナミッラ」のシェフなどを経て2012年に独立、「イル プレージョ」をオープン。
●イル プレージョ
渋谷区上原1-17-7
フレニティハウス2F
TEL 050-3503-1990
ilpregio.jp
※『Nile’s NILE』2021年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています