四川料理の魚の煮込み
もう一品の魚料理も、サステナビリティーの考えに基づいて考案された皿だ。ここで用いられている「三島オコゼ」は、もとは水揚げされても用いられないか、あるいは二束三文で売られる「未利用魚」だった。身は旨味ののった白身で味がよいが、皮が硬いので敬遠されていたのだ。
「今まで真剣に取り扱われることのなかった魚を利用することは、魚の乱獲を防ぐことになります―市場では赤むつやキンメダイなど一部の魚に注文が集中して、どんどん値上がりするとともに、乱獲が進んでしまう。こうした傾向に歯止めをかけるのが未利用魚の活用なのです」
川田氏は三島オコゼを料理に使うにあたり、皮を高温で一気に揚げて細胞を壊すことで食べやすい状態へと転化した。そのうえでスープで煮て、大皿に盛り、客前で具材入りのあんをかけて料理を完成させる。
実際に食べると、皮のとろりと柔らかい食感が印象的。白身は、ほどよい弾力としっとりとした食感、そしてしっかりとした旨味を持つ。あんは、マコモダケ、セロリ、もどした乾燥シイタケの角切りを四川風味の辛い味に煮たもの。軽快な食感、セロリの爽快感ある風味が、料理全体のアクセントとなる。
「この料理も、中国の伝統料理がもととなっています。四川の『乾焼魚』がそう。修業中に何度も作った、思い入れの強い料理です」
「乾焼」とは中国料理では煮込むという意味。コイや桂魚(けつぎょ)などの淡水魚を丸ごと、四川らしい辛い味で煮て仕立てたのが乾焼魚だ。本来は、淡水魚独特の臭みを感じさせなくするために、辛くて強い味の煮汁で煮ていた。それを日本らしく、臭みのない海の魚で作ったのが今回の料理。
「日本の魚の処理の技術、そのレベルの高さと繊細さは世界に誇るべき」と、漁師とそれを扱う仲卸へのリスペクトもこの料理には込められている。
今回紹介したいずれの料理も、ベースにあるのは中国の伝統的な名品。そこから逸脱せず、料理が本来持っている意図もしっかりと押さえているので、一見すると「伝統そのもの」という印象を受ける。しかし実際は、川田氏の思考によって茶禅華らしく、そして日本らしく昇華されている。
これは「和魂漢才」をテーマに掲げる川田氏の料理すべてに共通している特徴だ。日本の精神性や繊細な感性を、長い歴史の中で磨かれてきた中国料理の体系、技術、ダイナミズムと調和させる。そんな川田氏の壮大な挑戦が、料理をより格調高く、かつ活力に満ちたものにしている。
川田智也 かわだ・ともや
1982年、栃木県生まれ。2002年、東京調理師専門学校卒業。西麻布の「中国料理 麻布長江」を経て、11年から日比谷の「日本料理 龍吟」、13年から台湾の「祥雲龍吟」で経験を積む。17年2月に「茶禅華」をオープン。同年12月には『ミシュランガイド東京』で二つ星を獲得。
●茶禅華
東京都港区南麻布4-7-5
TEL 03-6874-0970
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※『Nile’s NILE』2021年6月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています