一方、辻留がその思想を体現している茶懐石においても「素材そのものを味わう」は鉄則。四季を反映し、素材に極力手をかけず、それでいて洗練を生み出すのが茶懐石の本分である。「お茶は、日本文化の核にあるものです。軸、花、道具、茶器など全てに意味と意図があり、総合演出でお客をもてなす。その中で、料理は一部であり、最高のお茶を飲むための料理なのです。しかしその一部でいられることは、非常に誇りだと思っています」
今回の料理は、いずれもシンプルでありながら、高い品格を備えた品々だ。雑煮は、関東風の澄まし仕立て。利尻の昆布と鹿児島・枕崎の本枯節(ほんかれぶし)でとった出汁は深い旨みで安心感を誘う味わいだ。椀種の主役はうずらの肉を叩き、丸にとったもの。
「うずらは先代が好んだ素材です」と藤本氏。日の出を表す金時にんじんの赤、うぐいす菜の緑、松葉柚子の黄色が正月らしい華を作り出す。餅は、関東風の焼き角餅。「魯山人は『焦げ味という味付けなんだ』と言っていたそうです。餅の焼き加減にはとりわけ気を使います」という。
伊勢海老の舟盛りでは、シンプルな伊勢海老の造りを、堂々とした姿の伊勢海老に盛り付ける。その身の甘さから伊勢海老が極上の質であることがわかり、素材の持ち味をストレートに感じることができる。
また鯛かぶらは、コクの豊かな鯛のお頭と、寒さが増すと甘みがぐっと増す聖護院かぶらを炊き合わせた、冬の京都の風物詩と言える定番の品。ただし辻留が手がけるとひときわ格調高く、料亭の一品としての存在感を備える。「難しいことはしていません。聖護院かぶらが鯛から出る旨みをしっかりと吸ってくれるよう、ていねいに炊きます」。素材の質と、基本に忠実かつ繊細な手間をかけた調理が辻留の真骨頂だ。
簡素にして独自の美学 後編 へ続く
藤本竜美 ふじもと・たつみ
1966年生まれ、山口県出身。仕出し専門店の家に生まれ、幼少より料理に親しむ。高校卒業後「辻留」赤坂店に入り、辻嘉一氏、義一氏に学ぶ。同店にて経験を重ね、2016年頃より料理の責任者を務める。
●懐石 辻留
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