熟成で味わいがふくよかに
「熟成」と聞けば、「味が濃くなる」「旨みが増す」「まろやかになる」というイメージが頭に浮かぶだろう。日本酒もまさにそう。もとの酒よりも濃厚かつふくよかな味わいに変わる。
ただし、そんな熟成日本酒には、2種類のタイプがあると、銀座「エスキス」支配人兼シェフソムリエの若林英司さんは言う。「常温で熟成させるか、氷温で熟成させるかで仕上がりはまったく変わります。異なるカテゴリーと言っていいでしょう」
常温熟成と氷温熟成
まずは、常温で熟成させた場合について。こちらのタイプの日本酒は、色は黄色みを帯び、中には紹興酒に近いほどの褐色となるものもある。香りも味も奥行きを増し、コクも豊かだ。
「長い時間をかけて、お酒が酸化熟成した結果です。糖化が進んで甘みも増します。ある意味、『熟成』という言葉から想像しやすい味わいです」。ものによっては少しひねた感じの香りを持つことも。そこは好みの分かれるところだ。
もう1種類は 氷温熟成の日本酒。こちらはマイナス2~6℃の環境で熟成させる。低温ゆえ酸化せず、それでいてアルコールは年を経るとともに練れて角がとれ、旨みが増す。近年はこちらのタイプの熟成日本酒が存在感を増しつつある。
よく知られるところでは、高木酒造(山形)は、幻の酒と言われる同蔵の代表的銘柄「十四代」を氷温熟成した「万虹(ばんこう)」をリリース。また、「石田屋」で知られる黒龍酒造は、蔵でも最高とされる純米大吟醸酒を最長10年熟成させた「無二」を世に出している。
いずれも、もともとが最高クラスの旨み、風味の深みを持つ酒を、氷温熟成でさらにグレードアップさせた形だ。
ちなみに両者とも価格はヴィンテージなどにより15万円、20万円という値が付く。
「高いですよね(笑)。でも完成までに時間がかかるし、それまでお酒を保管する体力も蔵元には求められるので値段は上がらざるを得ないと思います。ただ、日本酒は安すぎると私は常々思っているので、このタイプの日本酒は、日本酒価格の底上げに貢献するはず。そんな役割も期待しています」
もう一つ、氷温熟成の特徴として挙げられるのが、製品の質の安定。常温で熟成させるタイプの日本酒は、実はその点が難しいところ。「なので、これから日本酒を熟成させたいと考える蔵は、氷温の設備を導入する流れになるとみています」
常温熟成の日本酒と合う料理とは?
このように、常温で熟成する日本酒は氷温のものに比べるとやや扱いが難しいという印象だ。とはいえ、常温熟成には豊なコクと香りという魅力がある。
「これをいい方向に転ばせるポイントは、一緒に食べる料理にあります。単体で飲むより料理と合わせる方が断然向いています。また、味わいが強いため量を飲むのには向いていません。料理をしっかりと味わいながら適量を楽しむお酒です」
では、どのような料理が適しているのだろうか。
「醤油 、味噌、味醂などの濃い味の発酵調味料を用いた料理や煮込み料理など、アミノ酸の旨みがしっかりしているものと合います。バルサミコもいいでしょう。牡蠣で言えば、生牡蠣ではなくコンフィやオイル漬け、という感じです」。
ナッツとも相性がよい。
「鶏肉とカシューナッツの炒めとはよく合います。油淋鶏(ユーリンチー)のタレにアクセントでナッツを入れた品などもよさそうです。中国料理系はおすすめですね」
温度に関しては、「アルコールが17%ほどあるので、少し高めかぬる燗かんくらいが適している」という。グラスも、「アルコールを強く感じるので口が少し開いたものだと抜けてくれるでしょう。タンブラーでもぐいのみでも開き気味のものでぜひ」
気分に合わせて気軽に楽しむ
なお最近、日本酒を始めとするアルコール類は、よりサラッと軽く楽しめるものが好まれる傾向にある。
「そういう意味では、常温で熟成させた日本酒はレアな存在。どんな時も、というわけにはいきませんが、飲む場所、飲む環境、合わせる食べ物が合致した時の効果は大きいですね」。
たとえば、飲む場所に関しては、テラスではなく屋内。時間帯としては、昼よりも夜。シチュエーションとしては、宴会ではなくしっとりと飲みたい。そして合わせたい食べ物は、前述した通り。
「気候も関わってきます。濃厚なお酒は雨の日の方がおいしく感じられるので、『今日は雨が降ったから熟成の日本酒を飲もう』というライフスタイルがあってもいいですね(笑)」
「でも、あまり難しく考えないでいいんです」と若林さん。「きちんとしたお店で買えば、熟成した日本酒はおいしい。シチュエーションとともに自然体で楽しんでください」