歳月が磨き上げた黒光りする美しさと、時を紡ぐ中で塗り重ねられたつややかな新味―肩を寄せ合うように立つ8つの海鼠壁(なまこかべ)の蔵が、福源酒造の長い歴史を体現するようだ。
この古い酒蔵で17代目に当たる現当主は平林淳男さん。96歳にして、バリバリの現役社長である。娘の聖子さんは「まさに『酒は百薬の長』の生き証人ですよね。心身共に健康で豊かな人生を歩んでくださいと、皆で敬意を表しつつ応援エールをお送りしています」と破顔する。歴史ある酒蔵に長老あり。淳男さんの存在は重く大きい。
緑広がる敷地に足を踏み入れると、まず小さな井戸に目を引かれる。ここからくみ上げられる北アルプスの伏流水が、仕込み水に使われる。その冷たく清らかな水は、福源にもたらされた宝。中硬水の水質を熟知した蔵人たちが、それに合う酒米や酵母を選び、この蔵にしか出せない唯一無二の日本酒が醸される。
また特徴的なのは、通年で勤務する杜氏(とうじ)・蔵人を持たないこと。彼らは春・夏・秋は酒米作りなどの農業に従事し、冬期のみ蔵入りするスタイルだ。つまり福源の酒は、農業と酒造りの両方の技術を熟知した達人の集団により、酒米の栽培から一貫して手作りで造られているわけだ。彼らが江戸時代より受け継いできた秘技により、福源の酒のうまさは守られていると言えよう。
中でも「出色の出来栄え」と評されるのが、「福耳」ブランドに代表される熟成酒だ。まだ日本酒に「熟せる」という発想がなかった40年ほど前、福源は業界に先駆けて「熟成酒」という概念を打ち出した。
「上質なワインは10年、20年熟成させると、さらに味わいが増しますよね。日本酒も同じで、しっかりと造られた骨太のものは味がへたることがないんです。そこに着目し、寝かせるほどに重厚な味わいを増す『熟成酒』を造ろうと思った、それが最初です。
熟成した日本酒は、ベルベットのような舌触りで、とてもまろやか。仏教で言う『酸・苦・甘・辛・鹹(かん・塩味)』の五味を堪能する幅の広さと奥行きが感じられます。一言で言えば『発酵の味わい』でしょうか。アルコールの熟成を追求されている海外の方からも高く評価されています。『雨の後の草原で子山羊(こやぎ)を抱いたような匂いが立ち上る』なんて表現もいただきましたね。よく分かりませんが、多分“褒め言葉”だと思います」
福源では、醪(もろみ)を搾って濾ろ過かし、火入れした後、通常の日本酒で18カ月、熟成酒なら24カ月以上、寝かせる。この貯蔵期間が、日本酒の味わいにさまざまな特徴を与えるそうだ。
この類い希な味わいを醸す熟成酒は、1980年代から造り続けられているこだわりの日本酒。酒をこよなく愛する諸氏にとっては、「蔵直送で手に入る、とびきりうまい熟成酒を独り占めしたい」という気持ちが動くことだろう。その思いに応えるかのように、福源では「熟成酒をタンクで所有する」というサービスを提供している。これほどの贅沢はないというものだ。
「私どもは手造りによる醸造の可能性を追求し続ける小さな蔵ですから、大量生産はしていません。だからこそ、小回りが利きます。アッサンブラージュ(ブレンド)やオリジナルエチケット(ラベル)など、お客様の要望に応じて、自在に味わいをカスタマイズすることができるのです。
楽しみ方はいろいろ。例えば瓶詰めして出荷された〝マイ熟成酒〞を自宅や倉庫に保管し、毎年数本ずつ飲んで、味わいの変化を楽しむ。あるいは会社で購入し、パーティーで振る舞う、記念行事の手土産にする、海外の富裕層のように将来の熟成価値を目し投資目的で持つなど、日本酒をめぐる新しい世界が広がると思います」
福源の次代を担う聖子さんは現在、酒の奥深い魅力を国内外に伝える役回りを任じている。「福源という古樹から、時代にふさわしい新芽を吹かせたい」考えだ。
安曇野で熟成酒のタンクを所有
福源酒造のタンクオーナーになれるサービスが開始された。50ℓ単位以上でタンクの所有権を購入できる。アッサンブラージュやカスタムラベルにも対応しているため、自分だけの日本酒・梅酒を造ることが可能だ。タンクは酒蔵が管理し、必要なときに小分けで出荷するなど、要望に応じて相談を受け付けている。またタンクオーナーになると、通常非公開の酒蔵見学を始め、料理と熟成酒のペアリングを体験できる食事会などの特典も。
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