ヴーヴ・クリコは1772年、フィリップ・クリコが設立したワインハウスに始まっている。後を継いだ息子のフランソワが結婚した相手が、ニコル・ポンサルダン、のちのマダム・クリコである。貴族でもあるランス市長の娘として、裕福な生活を送っていたニコルが、フランソワと結婚したのが21歳の時。娘にも恵まれたニコルはしかし、27歳で夫の死という悲劇に見舞われる。
そして未亡人となった彼女は、家業を継ぐことを決意。当時、彼女のような若い女性がビジネスを担うというのは類を見ないことだった。マダム・クリコを突き動かしたのは、持って生まれた知性と意志の強さ、そして夫への愛だったとされている。1810年に最初のヴィンテージ・シャンパーニュを造った彼女を後押ししたのが、翌年の彗星(すいせい)ヴィンテージである。この年、この地域に彗星が現れ、葡萄が大豊作となったのだ。
1814年には、優れた先見の明により、ナポレオンによる大陸封鎖が解かれた直後に大量のシャンパーニュをロシアに出荷することに成功した。マダム・クリコは、1816年、ピュピートル(動瓶台)を考案した発明家としても知られる。
当時のシャンパーニュは、オリが瓶の中に入っていたため濁っていた。より澄んだシャンパーニュを造るために思案したマダム・クリコが、テーブルをくりぬいて作ったというのが、毎日8分の1ずつボトルを回転させてオリを集めるピュピートルだ。
マダム・クリコの偉業をたたえ、メゾン創業200周年の1972年には「ヴーヴ・クリコ ビジネスウーマン アワード」を創設。2018年には世界的な建築家の妹島和世氏を審査員長に日本で初めて独自開催。ビジネスウーマン アワードにキュレーターの長谷川祐子氏、ニュージェネレーション アワードに気仙沼ニッティング代表取締役の御手洗瑞子(みたらいたまこ)氏が選出された。
社会で活躍する女性の先駆けとして、シャンパーニュ業界に偉大なる貢献をしたマダム・クリコに敬意を表して。その美しく熱情的な色合いと、重厚でありながらなめらかで洗練された味わいを、この上なくきめ細やかな泡とともに楽しみたい。
●MHD モエ ヘネシー ディアジオ
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※『Nile’s NILE』2019年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています