既知のとおり、7月半ばに外国為替市場でドル/円が139円台前半の水準まで一気に上値を追う情景を私たちは目の当たりにすることとなった。その一因となったのは、我が国の貿易収支において赤字幅の拡大が続いていることにある。
財務省が7月に発表した2022年上期(1 ~ 6月)の貿易統計速報によれば、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は、7兆9241億円の赤字となっており、比較可能な1979年以降で半期として過去最大の赤字額である。
資源・エネルギーを中心に輸入品の価格高騰が響いていることもあるが、中国経済の減速などで円安が進行しているにもかかわらず輸出が数量・金額ともに伸び悩んでいることも大きい。結果、貿易赤字が拡大するほど市場では円が売られやすくなり、円安になるほど貿易赤字が増えるという悪循環が生じている。
ここにきて、米国の景気減速懸念が強まっており、いずれドル買いの勢いは衰えるだろうと見る向きもある。実際、4 ~ 6月期の米実質国内総生(GDP)は2四半期連続でマイナスとなり、定義上の景気後退局面に突入したと見なすこともできなくはない。
ところが、7月下旬に行われた米連邦公開市場委員会(FOMC)において前回同様に0.75ポイントもの大幅利上げの実施を決めた米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、政策会合後の記者会見の場で「米国が景気後退に向かっているとは思わない」と述べた。その後に、イエレン米財務長官も「大幅な景気減速と雇用喪失は見られない」と述べており、確かに足元の米雇用の底堅さは「なすすべもなく不況に陥っていくといった状況にはなさそう」との見方をサポートするにふさわしいと言える。
少なくとも、米国の主要な株価指数は7月半ばごろから執筆時までの間、力強いリバウンドを試す動きとなっており、連れて日経平均株価も大きく戻りを試す展開となっている。FRBによる利上げペースが今後は鈍化していくとの期待が株価堅調の一因であるが、そもそも先行きに深刻な不況が待ち受けているとするならば、大事な虎の子を株式市場に投じる者などいないはずである。
むろん、相場のことであるから一時139円台前半まで上昇したドル/円がいったんは調整局面入りすることもある。実際、7月末にかけていったんは大きく円高方向に振れる場面があった。とはいえ、これはあくまで「調整」の範囲を出ないものと、今のところは考えておく必要があろう。まだ、円安の局面は終わったと決めてかかることには慎重であらねばならないということである。
少し先を見据えると、欧州における冬場のエネルギー危機が深刻化することも危惧される。結果、対ユーロで一段のドル高が進んだ場合には、対円でのドルの価値も同時に高まりやすくなる。仮に世界的に景気後退局面が訪れるとすれば、それこそ日本からの輸出は一段と伸び悩むようになり、それがあらためて日本の貿易赤字拡大に伴う円安進行の要因になりかねない。
もちろん、我が国においても全国的な冬場の電力需給の逼迫は避けて通れない問題である。とどのつまりは、やはり資源を有する国とその国の通貨は強いということになり、なおもドル豪ドルなど対円での価値は高まる可能性があるものと見ておく必要があるだろう。
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田嶋智太郎 たじま・ともたろう
金融・経済全般から戦略的な企業経営、個人の資産形成まで、幅広い範囲を分析、研究。講演会、セミナー、テレビ出演でも活躍。