9世紀末のパリは、芸術と文化の華やかさが極まった時代である。ムーラン・ルージュでは連夜、歌手や踊り子たちが華麗なショーを繰り広げ、自由劇場や象徴主義演劇などがリアリズムと前衛的な芸術を展開し、街は蠱惑(こわく)的なエネルギーに満ちていた。18世紀の産業革命が社会を一変させ、飽和状態にある人々は刹那(せつな)的な美と刺激を求めてデカダンスに浸っていた。そんな時代の寵児となったのが、フランスの画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864~1901年)である。
ロートレックは、南フランスのアルビで伯爵家に生まれた。幼少期に両脚を骨折し、成長が止まる障害を負うが、絵画への情熱はそれを超え、1884年頃からパリのモンマルトルにアトリエを構え活動を開始する。当時のパリはキャバレーや劇場が文化の中心であり、ロートレックはそこに集う芸人や娼婦、歌手たちを描いた。彼の作品は、瞬間的な躍動感を大胆な描線と構図で表現し、パリの文化を象徴するポスターとなって街を彩り、ロートレックの名はまさに一世を風靡(ふうび)したのである。
「フィロス・コレクション ロートレック展」は、彼の紙作品を中心とした個人コレクションとして世界最大級の展示であり、東京・新宿のSOMPO美術館(展示終了)を皮切りに、北海道や長野でも開催される。約240点の作品からは、ロートレックが切り取った世紀末パリの空気感を感じ取ることができる。
彼は歌手イヴェット・ギルベールやヴァリエテ座のスター女優マルセル・ランデールをモデルに数々の作品を手掛けた。ときには彼らを誇張して描くこともあり、その表現は賛否を呼んだが、それこそがロートレックの個性であった。彼の作品の魅力は、ただの肖像画ではなく、その人物が最も輝く瞬間を捉えた点にある。
ロートレックは放埓(ほうらつ)な生活の末、36歳でこの世を去った。その短い生涯で彼が描いたパリの姿は、時代を超えて今なお人々を魅了し続けている。
All images courtesy of〝 The FirosCollection〟
フィロス・コレクション
ロートレック展 時をつかむ線
ロートレック展 時をつかむ線
2024年10月12日(土)〜2025年1月5日(日)
●札幌芸術の森美術館
北海道札幌市南区芸術の森2-75
TEL 011-591-0090
artpark.or.jp
2025年1月18日(土)〜4月6日(日)
●松本市美術館
長野県松本市中央4-2-22
TEL 0263-39-7400
matsumoto-artmuse.jp
※『Nile’s NILE』2024年10月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています