神宮外苑の再開発に伴う樹木の伐採
今議論が起きている神宮外苑の再開発に伴う樹木の伐採でも、「生態系の循環機能を担っている木々の環境があまりにも見落とされている。命の世界と大事に向き合い、守り、育む発想が欠けている」と矢野さんは言う。
現在の計画では800本の木が伐採され、新たに900本が植樹されるというが、100年にわたって育まれてきた木とその周辺の生態系、それらの集合によって生まれる地域の自然の循環機能は損なわれる。
「掘り出した木は、残される木々の呼吸の機能を借りて仮移植し、植え戻せば、循環の機能は大きく守られます。手間と時間、場所は必要ですが、現代の重機や技術を駆使すれば十分に対処可能な工事です。木の命を守ることが環境機能の再生につながります」
木は使い捨てにするものではない。
「昔、木の命は当然のように守られていたのですけどね」。
ただし矢野さんは昔に戻るべきとは考えない。「非現実的ですから。それに、循環を重視する理論と実践は、現代土木と調和できるものです。そこを目指せばいい」
大地の水脈、植物、根と枝それぞれの機能が連動して、地上と地下の空気と水を対流させている。そしてそこに動物が集まり対流を補う。
「実はみんなつながって支え合っている。地球を一つの生命体と見て、人間も一部だと気付けば変われるはず。時間的にはぎりぎりですが、まだ循環の復活に間に合うと私は思います」
矢野智徳 やの・とものり
1956年、福岡県生まれ。植物園が家業の家で育ち、自らも植物に関わる仕事を志す。東京都立大学に進学し、理学部地理学科・自然地理を専攻。在学中に日本を自転車で縦断。84年、矢野園芸を立ち上げる。樹木の再生と自然環境の回復に関する独自の技術と理論を構築し、全国各地で活動。実作業や講座を通して、多くの人に環境再生の思考と技術を伝える。
結の杜基金
矢野さんが主宰する「大地の再生 結の杜づくり」では、里山奥山の環境調査と改善、都市部での緑地および樹木保全、技術認定制度の確立と促進などを目的とした「結の杜基金」を運用。支援者には年度末に一度活動が報告される予定だ。すべての命のための公益活動として大地の呼吸を取り戻すという矢野さんの取り組みの実践に向けて、財団法人も設立された。
※『Nile’s NILE』2023年9月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています