樹木は自然界循環の要

現代の日本では、自然界が本来備えているはずの循環が、あちこちで滞ってしまっている。とりわけ、その循環で大きな役割を果たしている樹木、特に都会の樹木の弱体化は深刻だ。「環境再生医」とも呼ばれている矢野智徳さんの生業は、こうした樹木に息吹を取り戻させること。そんな矢野さんに自然、樹木、人間の関わりについて聞いた。

Photo Masahiro Goda  Text Izumi Shibata

現代の日本では、自然界が本来備えているはずの循環が、あちこちで滞ってしまっている。とりわけ、その循環で大きな役割を果たしている樹木、特に都会の樹木の弱体化は深刻だ。「環境再生医」とも呼ばれている矢野智徳さんの生業は、こうした樹木に息吹を取り戻させること。そんな矢野さんに自然、樹木、人間の関わりについて聞いた。

「環境再生医」とも呼ばれている造園家の矢野智徳さん
東京・国立市にある国立富士見台団地にて。1965年に竣工した地上5階建て、総戸数298戸の建物で、老朽化により分譲の建て替えが決定され、現在解体工事が進められている。さまざまな木々が植えられ多くの生き物が生息する豊かな敷地だが、今回の建て替え事業により同団地で大切にしているサクラの木が伐採予定となり、住民から矢野さんに連絡があったという。すでに多くの木々が伐採される中、矢野さんは可能な限り木の命を救うため、また立ち上がるのだろう。

生い立ち

福岡県で植物園を営む家庭で生まれ育った矢野さんは、小学1年の時にはすでに父に弟子入りし、中学生の時には「人間と自然の間に立つ仕事に就く」と決意した。その志のまま東京都立大学に進学し、自然地理学を専攻する。

自然地理学で扱うのは動植物の生態、そのベースにある地形や風土、気象など幅広い。自然を総合的に学びたかった矢野さんにとって、最適な選択だ。

「でも、授業が全然頭に入ってこない。なぜなら自然の現場を知らないから。それで“日本全国の自然と地理を体感してこよう!”と1年間休学し、リュックを背負い、徒歩と自転車で全国を縦断したのです」

自転車を走らせ、夜は山中や海辺で野宿。そんな生活の中で、地形や気候に基づく自然の循環が地域ごとにあると実感できた。

「それが各地の風土を作り、土地に根ざした人々の生活と、“業(さまざまな仕事)”につながる。地域振興も自然に沿うのが大事。そうすればおのずと発展します」。この1年間は、矢野さんにとって圧倒的な体感だった。

「風土と人、また動物と自然との関係を実感できたことが私のベースになりました」

その後造園業に就き、特に弱った樹木の再生を手掛けるうちに、かつて大自然の中でつかんだ循環の視点を、個別の木に適用することがポイントだと気づいた。

「空気と土は循環しています。地上と地下で、空気と水はつながっている。その間を取り持つのが樹木です」

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ラグジュアリーとは何か?

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