樹々の生み出す循環
逆に言うと、各樹木が生み出す循環の集合が広域の循環を作る。その際、人間の大動脈の役割を果たすのが大地の血管である「水脈」だ。
「水脈を主に形作るのは河川。そこから植物の根に至る毛のように細い流れが生まれる。大動脈から毛細血管まで血が流れるのと同じです」
なので、流れが阻害されると流域の循環が滞り、大地と樹木の機能が衰退する。当然、そのエリアの環境は悪化する。
現代はコンクリートで土は覆われ、河川も護岸の工事がされている。まさに循環が滞っている状態だ。
「現代の土木建築は自然界の水脈の機能を読んでいません。しかし、かつての日本は独自の循環型社会を築いていました。江戸の時代における人と自然の共存はその象徴です」
江戸の街の循環は江戸城に顕著に現れていた。
「武蔵野丘陵からの水脈の末端に位置するのが江戸のお堀で、そこから海に流れます。丘陵からお城に至る水脈は治水土木が綿密に行きわたっていますが、いずれでも地上と地下の水脈が連動し、機能するよう配慮されています。水脈を最優先しながらの開発土木だったのです」
100万人という当時世界一の人口を有していた江戸の街が完全自給で成り立っていたのも空気と水の循環が機能していたからだと矢野さんは語る。
「日本の長い歴史の中で発展してきた土木技術は江戸時代に集大成を迎えました。それが自然の摂理にかなった治水土木。自然の循環機能と人の営みが同居するあり方です」
しかし明治以降は西洋土木が採用され、残念ながら江戸時代の理論と技術は後退していく。その延長線上に今の都市がある。「現在の皇居と大手町の高層ビル群は隣り合っていますが、どちらが循環型の環境であるかは一目瞭然です」