公務員の贈収賄に対しては厳しい罰則があるが、この手の話に対する消費者庁の規定は大甘で、インフルエンサーに対しては、ステルスマーケティングの対象外としている。内覧会に出向き、いくばくかの利益供与を受けた上でSNSに投稿しても、それが自発的なものであれば、何ら問題はない、というのが消費者庁の見解なのだそうだ。
こういうあしき慣習にお上がお墨付きを与えたのだから、ある意味で店情報が無法地帯化してしまっても仕方がないのである。
違法かどうかではなく、公平公正かどうか、が問題なのだが。
タダ飯を食らった店を紹介して、ほめ言葉を連発するような投稿が、公正だと言えるかどうか。言うまでもないだろう。
残念ながら、こうした公平性を欠く投稿を見きわめるのは困難だ。広告ではなく、純粋な感想だと思わせるように書くのが、インフルエンサーの常なのだから。
かくして純朴な消費者の目には、インフルエンサーは有益な情報を与えてくれる、ありがたい存在に映り、その言を信用して店選びの参考にする仕儀となる。
雑誌をはじめとした、いわゆるオールドメディアでは、広告と記事の違いを明確にすることが義務付けられているのに対し、SNSなどのウェブ業界では、線引きがあいまいなまま放置されている。
世のなかには評論家という立派な存在があり、評論というものは人類の長い歴史のなかで、その価値に重きを置かれてきた。勉強と思慮を重ね、さらには思いを言葉にする表現力も磨かれてきた。
文学、美術、芸能などの評論家と比べるのも失礼だろうが、自称、他称を含めてインフルエンサーと呼ばれる人たちの浅薄さが際立っている。
それだけなら笑って済ませることができるが、世のなかを惑わせる存在になるのは看過できない。
近年インフルエンサーを名乗り、自分には多くのフォロワーがいて、記事を投稿するから、飲食代を無料にして欲しいと店に願い出る客が後を絶たないそうだ。悪口を書かれたくないから、渋々承諾したと眉をひそめる主人もいるようだ。
飲食業界が健全に発達するためにも、そろそろインフルエンサーなる存在の、線引きをはっきりさせる時期に来ていると思う。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2025年7月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています