本書でも、焼きたての初日、2日目、3日目、4日目、日が経ってから、と時間の経過を追う食べ方が紹介される。硬くなってからの展開法まで細やかに伝授し、朝・昼・晩・おやつとさまざまなシチュエーションでの活用法や、近年人気の北欧スタイルのオープンサンド、スモーブロのレシピも幅広い。
20年ほど前、食の専門誌のパン特集のための短いエッセイを、作家に依頼したことがある。すると、「パンはチーズの台である」という主旨の小品が送られてきた。ロブロを見ていると、そのエッセイが思い出されてならない。1㎝の厚みに切って、さまざまな具材をのせて食べるロブロはまさしく台なのだが、物理的側面のみならず、地球にも人体にも健康的な“食生活におけるインフラ”という概念的側面からも、これほど「台」という言葉がふさわしいパンもないと思う。
本書の「古来、デンマークでは、ライ麦が暮らしを守る存在でした。人々はやわらかいライ麦わらを層にして睡眠をとり、屋根を葺き、養蜂箱やかごを作りました。(中略)報酬はライ麦やロブロで支払われ、収穫時の手伝いにはロブロがお礼として渡され、働いていた農家を辞める時には、ロブロが餞として渡されました」というフレーズを読むと、ロブロがいかにデンマークの風土によって育まれたかがわかる。対して、ライ麦の栽培が盛んでない日本におけるロブロの未来はどう描かれるのだろうと考えていたら、環境再生型農業の推進を掲げる北海道のアグリシステムがライ麦プロジェクトを立ち上げていると知った。土中に張り巡らされるライ麦の根毛が土壌改善に役立ち、農薬・化学肥料に頼らずとも一定の収量を確保できる点から作付け希望が急増しているらしい。
ロブロを焼く職人がどれほど増えようと、食パンに取って代わることはないだろう。それでも、パン棚に置かれたロブロが作り手・食べ手の環境や生活への意識をリードしていく、そんな光景を想像してみたい。
君島佐和子 きみじま・さわこ
フードジャーナリスト。2005年に料理通信社を立ち上げ、06年、国内外の食の最前線の情報を独自の視点で提示するクリエイティブフードマガジン『料理通信』を創刊。編集長を経て17年7月からは編集主幹を務めた(20年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。著書に『外食2.0』(朝日出版社)。
※『Nile’s NILE』2025年3月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています