食メディアの関係者が顔を合わせると、時折、鮨屋の話題になる。予約が取れない。注文の自由はなく一方的に出されるものを食べるだけ。「アジ、握ってください」なんてやりとりはなし。何より恐ろしく値段が高い……。「相手にされていない」と思わずにいられない鮨屋が増えたという嘆きは共通だ。プロ向け料理専門誌の編集長が「高額過ぎて下見に行けない。ここ数年、鮨特集を組んでいない」と語っていた。
なぜ、このような状況になったのか?
その理由を解き明かすのが本書、『新時代の江戸前鮨がわかる本』である。著者は、約40年にわたって鮨の世界を見続けてきた早川光氏。職人の技術のみならず、鮨だねとなる魚の漁法や流通にも精通する氏が、激変の背景と新常識を示す。
まず、「第1章 江戸前鮨は10年でこんなに変わった」で指摘されるのは、おまかせが当たり前になったこと、おつまみの比重が高くなったこと。以前はカウンターに座ると「つまみますか、握りますか?」から始まったものだが、おまかせが当たり前になった昨今は「10種のつまみと10貫の握り」がスタンダードだという。つまみ比率UPの要因として氏は日本酒を挙げる。若い蔵元が競い合うように酒質の向上に取り組み、鮨職人たちが共鳴。積極的に店に置くようになった結果、つまみの領域が広がったとの見方だ。
おまかせ浸透の背景にあるのがミシュランガイド刊行やインバウンド客の増加であるのは想像に難くない。鮨初心者にお好みでの注文はハードルが高く、「時価」という会計システムも理解しがたいだろう。ミシュランによって「日本のローカルフードだった江戸前鮨がフランス料理と並ぶ世界基準の料理として認められた」と本書にあるが、考えてみれば、「時価」が成り立つこと自体、ローカルフードだった証し。明朗会計のおまかせコースに集約されていったのは必然なのかもしれない。
インバウンドで鮨職人の仕事が進化する!?
本の食べ時 第1回 君島佐和子
本の食べ時 第1回 君島佐和子
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