ひところ話題になったインバウン丼が典型だが、この手の高額メニューは、ほぼすべてが海外からの富裕層に向けたもので、一般市民とは無縁のものにもかかわらず、なぜニュースになるのかと言えば、取材と称して、記者が食べてみたかったからだろう。
テレビのニュース番組だと食レポ。大げさな反応をして、絶賛するのが常だ。いずれにせよ、広く知らしめるべき情報だとはとても思えない。
京都では、世界一予約が取れないレストランだと喧伝(けんでん)されているデンマークの店が、京都のホテルでポップアップして話題になったが、ひとり約15万円ほどだと報道されていて、2カ月余り8000人の予約は、わずか3秒で埋まったのだそうだ。世のなかには物好きな富裕層がたくさんいるものだと知った。
そんな話に比べれば、激安価格のほうが、可愛げがあって、まだましなのかもしれない。3万5000円の100分の1、350円のラーメンを出す食堂が紹介されていたが、安かろうまずかろう、というふうには見えず、至極まともなラーメンだったようだ。
ただ気になったのは、インタビュアーが、
「こんな価格だとお店が潰れるんじゃないですか?」と問いかけ、
店の主人は、
「赤字覚悟、採算度外視ですよ」
と答えていたことである。
こういうときの常套句(じょうとうく)だが、そう答えるように、インタビュアーが誘導しているのではないかと思える。
いっぽうで、高額料理店には、もうかっているでしょ、とは言わない。日本の食文化を世界に広めたい、とか、従業員に利益を還元したい、などの理由を引き出す。
というわけで、高額も激安も、どちらも美談として紹介するのが、近年のメディアの特徴だが、中庸をいく店が一番まっとうだということを忘れてはならない。
柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。
※『Nile’s NILE』2025年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています