メディアが発信する食の値段

食語の心 第132回 柏井 壽

食語の心 第132回 柏井 壽

ひところ話題になったインバウン丼が典型だが、この手の高額メニューは、ほぼすべてが海外からの富裕層に向けたもので、一般市民とは無縁のものにもかかわらず、なぜニュースになるのかと言えば、取材と称して、記者が食べてみたかったからだろう。

テレビのニュース番組だと食レポ。大げさな反応をして、絶賛するのが常だ。いずれにせよ、広く知らしめるべき情報だとはとても思えない。

京都では、世界一予約が取れないレストランだと喧伝(けんでん)されているデンマークの店が、京都のホテルでポップアップして話題になったが、ひとり約15万円ほどだと報道されていて、2カ月余り8000人の予約は、わずか3秒で埋まったのだそうだ。世のなかには物好きな富裕層がたくさんいるものだと知った。

そんな話に比べれば、激安価格のほうが、可愛げがあって、まだましなのかもしれない。3万5000円の100分の1、350円のラーメンを出す食堂が紹介されていたが、安かろうまずかろう、というふうには見えず、至極まともなラーメンだったようだ。

ただ気になったのは、インタビュアーが、

「こんな価格だとお店が潰れるんじゃないですか?」と問いかけ、

店の主人は、

「赤字覚悟、採算度外視ですよ」

と答えていたことである。

こういうときの常套句(じょうとうく)だが、そう答えるように、インタビュアーが誘導しているのではないかと思える。

いっぽうで、高額料理店には、もうかっているでしょ、とは言わない。日本の食文化を世界に広めたい、とか、従業員に利益を還元したい、などの理由を引き出す。

というわけで、高額も激安も、どちらも美談として紹介するのが、近年のメディアの特徴だが、中庸をいく店が一番まっとうだということを忘れてはならない。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2025年1月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

1 2
ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「Nileport」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。