「入社当初、セイコーはいい時計、まじめな時計をつくっているけれど、色気や遊び心がもっとあってもいいなと思っていて、ブランドの価値をもっと上げたいというのが大きなモチベーションでした。複雑機構をやりたいと言っていたら12年に今までにない時計をつくるプロジェクトが立ち上がり、有志のメンバーがアイデアを出し合う中で、僕が提出した一つが、同軸のコンスタントフォース・トゥールビヨンだったんです」
原型的アイデアはひらめいてから30分ほどでスケッチし、それがほぼそのまま形になったというから驚きだ。しかし、なぜコンスタントフォース・トゥールビヨンだったのか?
「精度誤差の諸悪の根源は、ゼンマイのトルクが減少し、テンプの振り角が下がること。トルクを一定に保つコンスタントフォース機構は、それを同時に解決できる。トゥールビヨンは縦方向の姿勢差をキャンセルできますから、2大誤差要因を潰せば、相当精度がよくなる。12年当時、トゥールビヨンはすでに著名なブランドから販売されていましたから、その両方を搭載した機構を考えようと思ったんです」
当時、セイコーでは電波時計を主力としながら、高付加価値化、グローバル化の模索が始まった頃だった。GPSソーラーウォッチ、アストロンの発表が12年、初のトゥールビヨンモデル「クレドール FUGAKU」が16年、17年にはグランドセイコーの独立ブランド化を発表。
「高付加価値の時計を世に送り出したいと思っている人間が社内のあちこちにいて、そういう流れが実を結んでくるところに、たまたま10年かかった『Kodo』の開発が、ちょうど出せる状態になった。不思議なほどタイミングが一致したという感じがします」