豪華と簡素

食語の心 第56回 柏井 壽

食語の心 第56回 柏井 壽

食後の心 第56回

前回、完全紹介制の店は、なぜ高得点になるのかに言及した。

紹介者が店との間に介在していることから、ネガティブなことを投稿しづらく、いきおい点数も高くなる。これを第一の理由とするなら、第二はアウェー感だろう。

紹介者がいないと入れない店となれば、イニシアチブは完全に店側が握っているわけで、つまり客側は最初から「店に入らせてもらう」姿勢にならざるを得ない。そしてお金を払うのは客の側なのに、「食べさせていただく」と、へりくだった姿勢になってしまうわけだ。

「食べさせていただく」というのだから、たとえれば、上司と一緒にゴルフコースをラウンドするようなものである。少々へたなショットであっても、上司とあらば、どうしてもナイスショットと褒めなければならない。あの感覚である。

「今の一打は、もっと強く打った方がよかったんじゃないですか?」などとは、口が裂けても言えない。
と同じように、「今の料理はもっと薄味にすればよかったのではありませんか?」などと言えようはずがない。多少の違和感を覚えたとしても、素人の客が料理に異を唱えたりすれば、紹介者の顔を潰すだけでなく、以後は出禁になる可能性もある。ここは穏便にしておかねば、となる。

要するに、上司をおだてるのと同じく、料理人を気持ちよくさせなければ、今後に影響するのは必定。それには褒めるしかないのだ。

そしてもう一つ。完全紹介制の店や予約困難な高級店の点数がなぜ高くなるか。その最大の理由は、使用する食材の高級度、もしくは高額度である。

フォアグラやフカヒレ、キャビアなどの、希少で高額な食材をふんだんに使って調理するのも、この手の店ではよくあることで、なかには野菜を多用するところもあるが、それとてただの野菜ではなく、由緒正しきものである。

誰それさんという農家が丹精込めて育てた野菜、カリスマ漁師が釣り上げた魚、ブランド牛を熟成させた肉などなど。えりすぐった食材を使っていると言われれば、客はひれ伏すしかないわけで。
原価率が高く、希少性もある食材を使った料理にダメ出しすれば、味覚音痴を疑われてしまう。

かくして完全紹介制や予約困難な料理店は、必然的に評価が甘くなり、点数も高く、順位も上位にくるという仕組みになっているのである。
おしなべて、食の口コミサイトで特徴的なのは、一部のマニアックな店を除けば、ランキングの上位は高額店ばかりである。普段遣いの食堂が上位に来ることなどはまずあり得ない。

はたしてこの流れはいつまで続くのだろうか。
バブルのころならいざ知らず、高額で贅沢な料理が高い評価をされ、普通の料理が低きに置かれるというのは、いささか時代錯誤ではないのだろうか。

一方で、家庭料理については、全く逆の流れになっているのが興味深いところだ。
皇室から一般家庭へ嫁ぐことになった、眞子さまのために用意された書籍のタイトルにあるように、1カ月2万円で夫婦二人分の食事を賄うことが、大方の家庭の目標である。
あるいは、料理研究家の土井善晴氏は、「一汁一菜」を提唱し、簡素な食事を勧めている。
さらにさかのぼれば、辰巳芳子氏が長く推奨してきた具沢山さんのスープなども、同じ発想であり、簡素を旨とすべし、が本意だろうと思う。

しばしば誤用されるが、簡素と質素は違う。ましてや粗末とは根本的に異なる。
「こういう粗末な料理も、たまにはいいものだな」
とあるタレントが、テレビ番組で茶粥を食べたときの感想を聞いて、驚いてしまった。粗末というのは、作り方が雑だったり、質が劣っていることを言うのであって、必要最小限にとどめる意の簡素とは全く別ものだ。

それはさておき、家庭内では簡素、外食は豪華、という流れはケとハレという対比としては間違っていないだろうが、事の本質は別のところにあるようで、そこには大きな問題が潜んでいる。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。大阪歯科大学卒業後、京都市北区に歯科医院を開業。生粋の京都人であり、かつ食通でもあることから京都案内本を多数執筆。テレビ番組や雑誌の京都特集でも監修を務める。小説『鴨川食堂』(小学館)はNHKでテレビドラマ化され続編も好評刊行中。『グルメぎらい』(光文社新書)、『京都の路地裏』(幻冬舎新書)、『憂食論 歪みきった日本の食を斬る!』(講談社)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2017年12月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。