洋食

食語の心 第43回 柏井 壽

食語の心 第43回 柏井 壽

食語の心 第43回

フレンチでもイタリアンでも、ましてやスパニッシュでもなく、ひどく大雑把な呼称の「洋食」。その「洋」はおそらく西洋を指すのだろうが、さまざまな西洋料理が雑多に混ざり合い、日本の中だけで、独自の道を歩んできた洋食が好きだ。

ハンバーグ、海老フライ、コロッケ、ハヤシライス、ナポリタン、チキンライス。どれもメニューにその名を見ただけでお腹が鳴り始める。

これらの料理は元々、日本になかったもので、どれも基となるものが西洋にはあったのだろうが、日本人の口に合うようにアレンジされ、少しずつ変化しながら、いつしか日本料理の中に溶け込んでいった。

明治時代に入って、西洋文化が暮らしの中に取り入れられるようになり、海外の料理、とりわけヨーロッパの料理が輸入され、貿易港を中心に、日本各地で広がりを見せるようになる。しかしそれらの原型を、日本流にアレンジし、別ものに変えてしまうのが、日本人の柔軟な性格であり、職人の技である。

たとえばハンバーグ。ドイツのハンブルク地方で、労働者たちが好んで食べていた「タルタルステーキ」にその起源を持つというのが定説のようだが、アメリカに伝わったそれはパンに挟んで食べるハンバーガーとなり、日本ではご飯に合うように味付けされた。

日本における洋食はつまり、ご飯のおかずとして成り立つように、工夫を凝らし、アレンジされてきたのが最大の特徴であり、一分野として確立された所以でもある。

タルタルステーキが、こんがり焼けたハンバーグに変わったのは、当然ながらご飯との相性を考えてのことである。生肉だとご飯のおかずには成り難い。よく焼けたひき肉とご飯をつなぐのはデミグラスソース。これもまた、フランス料理の古典的なソースでありながら、ご飯との相性がよく、日本の洋食には欠かせない存在となった。

しかしながら、それをアレンジしてさらにご飯との相性を追求した結果、見た目は似ているものの、その味はデミグラスソースとはまったく異なる、別もののソースを生み出すに至った。それがトンカツソースである。無論その起源には諸説あり、戦後に誕生した、比較的新しい調味料であることから、洋食が今の形を確立した後のものであることは間違いないのだが。

通称トンカツソースと呼ばれる濃厚ソースは、洋食をより身近な存在にした。その通称通り、トンカツにかければ、ご飯との相性はすこぶるよくなり、和食と言ってもいいのではないかと思えるほど、日本の食卓に浸透している。シェフのような洋食のプロでなくても、洋食をメニューに載せられるのは、卓上ソースのおかげである。
街場の食堂には、そのテーブル席に必ず醤油と並んでトンカツソースが置かれている。もしくはウスターソース。あるいはその両方。

デミグラスソースがフランスなら、ウスターソースの起源はイギリスにあり、商品化されたものはリーペリンソースが嚆矢とされる。
デミグラスソースがプロにしか作れないに等しいソースなら、ウスターソースは既製品として、誰でも手軽に使えるソースであり、この二つが混在することによって、日本の洋食は守り続けられていると言っても過言ではない。

コートレット料理から派生したと言われるカツレツはきっと、天婦羅からヒントを得たのだろう。たっぷりの油でからりと揚げ、ソースを付けて食べれば、これほどご飯に合うおかずは他にないと思わせる。

そして何より興味深いのは、食材によってソースを使い分けることだろう。

トンカツソースというくらいだから、トンカツには濃厚ソースがよく合うのだが、これがカキフライになると、断然ウスターソース。白身魚のフライも同じくだから、海鮮系には辛口のウスターソース、肉のカツには甘みが勝った濃厚ソースがよく合う。そして、どちらにも合うように作られたのが中濃ソース。出来過ぎた話ではある。

そしてこれらのソースとともに、洋食に欠かせないのは、ケチャップとマヨネーズ。とりわけケチャップがなければチキンライスもオムライスも生まれなかったわけで、そういう意味では日本の洋食に対する貢献度は、計り知れなく高い。さらにケチャップは単独でソースとして成り立つことは存外知られていないが、行列必至の、京都の有名洋食店では、ハンバーグもトンカツも、ケチャップベースの赤いソースが人気なのである。
次回はその京都の洋食話を。

柏井壽 かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

※『Nile’s NILE』2016年11月号に掲載した記事をWEB用に編集し、掲載しています

ラグジュアリーとは何か?

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