「仕上げ」という価値

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第4回。最近、複雑機構以上に「仕上げ」に価値を見いだす動きが顕著だ。この潮流の中心にいる時計師、カリ・ヴティライネン氏にフォーカスする。

Text Yasushi Matsuami

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第4回。最近、複雑機構以上に「仕上げ」に価値を見いだす動きが顕著だ。この潮流の中心にいる時計師、カリ・ヴティライネン氏にフォーカスする。

カリ・ヴティライネン
1962年、フィンランド生まれ。ヘルシンキ近郊の時計学校に学び、時計修理工房で働いた後、スイスの名門時計学校WOSTEPを経て、ミシェル・パルミジャーニ氏の工房に入り、ミュージアムクラスの名品のレストアやユニークピースの製作に9年間携わる。99年からWOSTEPで講師を務め、2002年に自身のアトリエを、パルミジャーニやショパールなどが工房を構えるフルリエに程近いモティエの地に設立、「ヴティライネン」ブランドをスタートさせる。05年にバーゼル初出展、06年には独立時計師アカデミーのメンバーに迎えられている。

今注目の時計師、カリ・ヴティライネン氏

優れた時計師は、ほぼ例外なく過去の名品の修復に携わった経歴を持つ。彼らはそこで、往年の機構に向き合い、過去の時計師と“対話”し、自身のウォッチメイキングに反映させる。高い審美眼を持ったハイエンドウォッチの愛好家の注目を、今もっとも集めている時計師、カリ・ヴティライネン氏もそんな一人である。

1962年フィンランド出身。母国の時計学校やスイスの名門時計学校WOSTEPで学んだ後の90年、修復の名手にして、96年に自身のブランドを立ち上げるミシェル・パルミジャーニ氏の工房に入り、レストアやユニークピースの製作に9年間携わる。2002年に念願の自身のアトリエを設立、「ヴティライネン」ブランドをスタートさせる。

06年には独立時計師アカデミーのメンバーに迎えられ、権威あるジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリでは07年にメンズ・ウォッチ部門グランプリに輝いたのを皮切りに、これまで8回部門賞を受賞し、今や常連の貫禄だ。

一体ヴティライネン氏の何がすごいのか? 修復で得た知見に基づく、「仕上げ」をまず挙げたい。文字盤をご覧いただくと、部位ごとに「ソレイユ(太陽光)」「エカイユ・ド・ポワソン(魚の鱗)」「ヴァーグ(波)」などの、異なるパターンのギヨシェが施されているのが分かる。彼のアトリアでは、約1世紀前に使われていたローズエンジン旋盤を調達・修復し、当時と同じ手作業で、0.8mmの厚さのシルバー文字盤に0.2mmの深さの立体感あふれる伝統的なギヨシェを施している。

25年以上のキャリアを持つベテラン技術者が、ダイヤル1枚を仕上げるのに4日を要するという。

ムーブメントのコンポーネンツの「仕上げ」も秀逸。面取りには、砥石、目の粗さの異なる紙やすり、さらに研磨剤を付けたウッドスティックによる研磨など、何工程も要する。サーキュラーグレインやスパイラルグレインなどの幾何学模様の装飾仕上げ、完璧な鏡面仕上げのブラックポリッシュなども、コンポーネンツの存在感を際立たせている。

11年に発表した自社製キャリバー「Vingt-8(ヴァントゥイット)」にも、修復から得た知見が生きている。アブラアン・ルイ・ブレゲが考案したナチュラル脱進機を改良・進化させた独自のダイレクトインパルス脱進機を採用。アンクルを持たず、2枚のガンギ車から13.6mm径の大型のテンプに直接動力を伝えるもので、一般的なスイスレバー脱進機に比べ、摩擦が少なく動力伝達効率も高いが、繊細な製作過程を経るため、ヴティライネン氏の工房以外では作れない。

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ラグジュアリーとは何か?

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それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。