「仕上げ」という価値

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第4回。最近、複雑機構以上に「仕上げ」に価値を見いだす動きが顕著だ。この潮流の中心にいる時計師、カリ・ヴティライネン氏にフォーカスする。

Text Yasushi Matsuami

腕時計における不朽の価値とは? ミュージシャン兼ウォッチジャーナリストのまつあみ靖が、ハイウォッチメイキングの世界をナビゲートする連載第4回。最近、複雑機構以上に「仕上げ」に価値を見いだす動きが顕著だ。この潮流の中心にいる時計師、カリ・ヴティライネン氏にフォーカスする。

ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2020メンズ・ウォッチ部門受賞作をベースとする1本。
ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ2020メンズ・ウォッチ部門受賞作をベースとする1本。独自のダイレクトインパルス脱進機を採用した自社製キャリバー「Vingt-8(ヴァントゥイット)」を搭載したセンターセコンドタイプ。文字盤中央と外周に、異なる意匠の手彫りギヨシェを施した。ブルースチール製リングを取り付けた18K製のアイコニックな針も、立体的な仕上げが印象的。「Vingt-8 28SC」手巻き、ケース径38.5mm、WGケース×クロコダイルストラップ、3気圧防水、11,880,000円(参考価格)。スイス プライム ブランズ TEL 03-6226-4650

現在の生産体制は、中軸となるアトリエ・ヴティライネンに約30名、文字盤メーカーのコンブレマインに約20名、ケースメーカーのヴティライネン&カッティンに7名が在籍し、年間総生産本数は60〜80本。日本ではタカシマヤ ウオッチメゾン 東京・日本橋のみの取り扱いだが、生産数が限られるため、店頭で出会うことは難しい。

コンブレマインでは、他社からの文字盤製作の依頼にも応えているが、これらの製作数はごく限られている。アーミン・シュトロームの「グラヴィティ・イークォル・フォース」というモデルの場合、コンブレマイン製ダイヤルを採用すると、通常モデルより100万円ほど価格がアップする。その文字盤の価値がうかがえよう。

またこの6月に、ゼニスが天文台クロノメーターコンクール用に20世紀半ばに製作し、1950年から5年連続優勝の快挙を成し遂げた伝説的なキャリバー135-Oを修復し、ケースに収め、オークションハウスのフィリップスで限定10本が販売された。この愛好家注目のプロジェクトのレストアと装飾仕上げを担当したのもヴティライネン氏だった。

ちなみに販売価格は13万2,900スイスフラン、約1,800万円だった。ヴティライネン氏は、コンプリケーションを作り上げる技量を持ちながら、これ見よがしな複雑機構に傾くことなく、シンプルさの中に際立つ「仕上げ」に注力する。伝統的で手間のかかる「仕上げ」は、複雑機構に優まさるとも劣らぬ労力を要する尊いものだという信念を感じさせる。

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ラグジュアリーとは何か?

ラグジュアリーとは何か?

それを問い直すことが、今、時代と向き合うことと同義語になってきました。今、地球規模での価値観の変容が進んでいます。
サステナブル、SDGs、ESG……これらのタームが、生活の中に自然と溶け込みつつあります。持続可能な社会への意識を高めることが、個人にも、社会全体にも求められ、既に多くのブランドや企業が、こうしたスタンスを取り始めています。「NILE PORT」では、先進的な意識を持ったブランドや読者と価値観をシェアしながら、今という時代におけるラグジュアリーを捉え直し、再提示したいと考えています。