最近、世界中でロシア・バッシングがひどい。「クリミア半島を編入してしまうだなんて、帝国主義時代と同じじゃないか。野蛮すぎる!」というわけである。中にはドイツのショイブレ財務大臣のように「プーチンはヒトラーだ」とまで言い切った西側要人までいる。当然、マネーもロシアから逃げている。
だが、こういう状況だからこそ私は思うのである。「ロシアのプーチンは本当に悪人なのか?」と。人をイメージだけで判断してはいけない。ましてやメディアが描き出すイメージはえてして意図的な「虚像」なのである。
私はプーチンに肉薄したことがある。2000年7月のことだ。暑い盛りの沖縄で行われたG8サミットにおいて、私は森喜朗首相(当時)のドイツ語通訳を務めていた。外務省職員である総理通訳はサミット会場で通称「レッド・カード」をサミット会場でぶら下げている。「レッド・カード」を持っている者は各国首脳と全く同じゾーンに入ることができる。それが許されているのは首脳の個人代表(シェルパ)と通訳官だけなのである。
森喜朗首相は外国人を前にするとあまり饒舌ではない。ましてやサミットとなると全くの「新参者」である。日本通として知られていたシラク仏大統領(当時)の助け船が時折出される以外、各国首脳たちはいずれも主催国だからといって日本の総理大臣に容赦などしない。それだけにテレビで見るのとは全く違う、緊張した面持ちをしていた森総理のことを今でもはっきりと思い出す。
森総理はどうもシュレーダー独首相(当時)とウマが合わなかったようだ。相手もどうやらそう思っていたようであり、表面的には笑顔を取りつくろっていたものの、陰ではいろいろとドイツ語でスタッフと囁ささやきあっていた。それだけにドイツ語通訳である私には暇な時間が結構あった。
そんな時、気になって仕方がなかったのがシュレーダー独首相とプーチン露大統領との会話だ。二人の共通言語はドイツ語。旧ソ連時代の情報機関「KGB」の将校として旧東ドイツのドレスデンに駐屯していた経歴を持つプーチンは実に華麗なドイツ語を操っていた。アクセントに全く問題はなく、真剣な面持ちで囁き合う二人の会話は目をつぶって聞いていると、ドイツ人同士のものではないかとはたからは思えるくらいのものだった。ちなみにこの時、二人の会話を聞くことができたのは私だけだった。二人は隣に立つニッポンの外交官が彼らの操るドイツ語を理解していたとはよもや思いもしなかったであろう。
その時の話の内容や、ドイツ語からほとばしり出る雰囲気から私は直感的に思ったのである。「プーチンは真剣な男だ」と。ある意味、ナイーブかもしれない。だが人間は会ってみないと最終的には分からないと外交の世界で学んだ。さもなければ「外交」などというものは無用の長物のはずなのである。
やがて外務省を自主退職した私は読売テレビの人気番組「ミヤネ屋」にレギュラー出演した。そんなある時、プーチンの話になったのだが、隣にいたコメンテーター氏(県知事を務めた後、大学教授)がすごい勢いでこう叫んだのだ。
「プーチンはとんでもない男だ!あんな冷酷で残虐な大統領はいない!!」
「おい、あなたはプーチンに会ったことあるのかい?」思わずそう叫び返してしまいそうになった。テレビはそんな条件反射的な印象論を垂れ流す媒体なのだ。そしてそれを私たち視聴者は毎日目にし、思考の枠組みを刷り込まれている。
プーチンはグローバル・マクロの中で、一つの役割を果たしているに過ぎない。近い将来、悪役が突然「救世主」になった時、私たち日本人は果たしてついていけるのだろうか。それが何より心配だ。
原田武夫(はらだ・たけお)
元外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
情報リテラシー教育を多方面に展開。講演・執筆活動、企業研修などで活躍。
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